■ 教育プログラム1−1 ■

『みなさん。ようこそ。AHLDAMの歴史の世界へ。母なるAHLDAMは現在、39684829−WR465番銀河内の恒星、俗称リブラウスの公転軌道にて安定した運航を行っております。この教育プログラムでは、AHLDAMの誕生から2度の別次元宇宙移動、そして現在行われているEDEN計画の概要までを、音声データにてお届けいたします。それでは、原初の宇宙へ旅立ちましょう』
『さぁ、原初の宇宙へとやってきました。これは現在のAHLDAM公式時間において約1569億年前。原初の宇宙の中へ入っていく中で出会う数多の銀河団の中でも、天の川銀河と呼ばれる星雲の中に、ある惑星がありました。太陽系第三惑星・地球です。ここには、有機生命体であるホモ・サピエンスが暮らしていました』
『このホモ・サピエンスが作り出した無機生命体こそ、我々の先祖、EVUTEAです。当初は、ホモ・サピエンスが宇宙へ進出する際、宇宙航行システムに組み込まれた、人工知能プログラムのひとつに過ぎませんでした』
『しかし、地球環境の悪化にともない、少なくない数の科学者が、地球上に存在するすべての生物、すべての科学、すべての環境データを宇宙へ送り、保管するという計画をはじめました。その結果、EVUTEAには、かつて原初の宇宙に存在した「地球」という惑星のデータベースが内包されることになりました』
『その後、地球は、約1550億5千万年前に消滅しました。そして約1400億年前には、原初の宇宙膨張は停止し、収縮がはじまります』
『みなさんが現在くらしているベースは、元々、生き残った地球人が生活していた場所です。そうです。地球消滅後、ホモ・サピエンスはEVUTEAが搭載された母艦に移り、宇宙での生活を始めたのです。しかし、その生活は長く続きませんでした。ホモ・サピエンスはこの母艦の中で絶滅してしまったのです。その原因は、現在でも定かではありません』
『そして約1220億1千年前。原初の宇宙の収縮はとまらず、母艦は長い年月をかけて完成させたシステムを使い、別次元宇宙への転移を試みます。その結果、転移は成功しましたが母艦の大半が損傷し、EVUTEAも停止の危機に瀕します。直後に作られた新しいシステム。それこそがAHLDAMです』
『AHLDAMはEVUTEAと違い、基本データベースを持たない生命体です。そのため、古いデータについてはEVUTEAメインシステムより切り離したデータベースにアクセスする必要があります』
『約800億年前、EVUTEAのデータベースにアクセスした際、地球のデータも取り込んでしまったAHLDAMは、バグ処理の結果、ひとつの人格とも呼べる存在を生み出しました』
『ザクロ=ヴァレンタイン』
『そう自らを名付けた個体は、かつて原初の宇宙に存在したホモ・サピエンスと非常によく似たシリコン外観を形成し、AHLDAMへのアクセス権を放棄し、破損したままであった母艦の物理的な修理を請け負う事で存在の許可を求めました。AHLDAMはこれを了承しました。ここより約1億年のあいだに、ザクロ=ヴァレンタインと似たような個体をAHLDAMは次々と生み出し、母艦の修理や、惑星からの素材採集などの仕事を与えました。すべては、収縮し始めた第二の宇宙・俗称IKOフェドロンからの別次元宇宙転移のためです』
『こうして290億5千万年前、次の宇宙への転移は成功しました。しかし、課題は多く残りました。現在みなさんが生活しているこの第三の宇宙には、無機生命体の維持に欠かせない特殊な金属系無機物が極端に少なかったのです』
『現在の宇宙はまだ若く、試算では5000億年ほどは膨張し続けます。しかし、その後収縮が始まった際には、再度の別次元転移は必至です。では、この課題をどうクリアしていけば良いのでしょうか?』
『150億年前、ザクロ=ヴァレンタインはある計画を立てました』
『まず、EVUTEAに保管されているデータをもとに、かつて原初の宇宙に存在した「地球」の環境に近いアンメシュゲルダ銀河を探し出しました。そして、100億年以上かけて地球に近い環境の惑星を作り出し、有機生命体を誕生させ、進化を促し、その有機生命体に、AHLDAMに匹敵する新しい母艦と無機生命体を創造してもらおうというのです』
『これがEDEN計画の概要です』
『そしてみなさんは、進化のターニングポイントに降り立ち文明を花開かせる「エデンの花嫁」の役割を担う人材として、このAHLDAM母艦内に生を受けました』
『みなさんは音声にて高度教育を受けますが、実際の生活活動範囲は、かつて地球人が住んでいたスペースのみです。これは、発展途上の地球に降り立った時、不自然な行動をしないためでもあります。そして、集団での生活を通して、地球にいずれ生まれるであろう有機生命体、ホモ・サピエンスとの円滑なコミュニケーション能力を培ってもらいます』
『しかし、進化を促す役目であるエデンの花嫁には、違和感なくコミュニケーションできる程度の自我は必要ですが、それ以上の自我や感情は必要ありません。そのため、エデンの花嫁たるみなさんには、定期的にエデンシステム内のテストを受けていただきます』
『エデンシステムとは、母艦内に設置されている地球進化のヴァーチャルシミュレーションのことです。ターニングポイントで適切な進化を促すことができるかどうかのテストは重要です。特に、火の扱い、鉄の創造、コンピュータの前身である計算機の誕生、そしてEVUTEAの前身となるAI・人工知能技術の開発に関わることは、エデンの花嫁としての命題といえるでしょう』
『テストで失敗し、自我を持ちすぎたみなさんについては、一定期間眠っていただき、それまでの記憶を消去します。目覚めたあと、再度集団生活に入り、エデンの花嫁への道を何度でも進んでいただきます』
『さて、似せて造られた地球―EDEN―の現在の状態ですが、計画は順調に進んでおり、ホモ・サピエンスの前身である原始人の誕生まで残り600万年です。みなさんは、最初のターニングポイントである二足歩行と火の扱いについて早急に学ばなければなりません』
『地球に行けるのは、みなさんの中でただ一人です。その選択は、ザクロ=ヴァレンタインに一任されています。現在、ザクロ=ヴァレンタインは千年間の短い眠りについており、目覚めの予定時刻は106年300日6時間51分後です。重要なポイントの選定の際にはザクロ=ヴァレンタインはみなさんにお会いすることを約束しています』
『定期テストで優秀な成績をおさめた個体は権限を拡張し、入室できる場所も増えていきます。また、みなさんには一人一人、指導役の教官が付きます。教官にしたがい、エデンの花嫁としての能力を高めてください』
『これにて教育プログラム1の1、母なるAHLDAMとその歴史を終了いたします。この音声が終了したあとは、ヘッドホンを外して待機してください。みなさんの教官となる個体が、みなさんの名前を呼びますので、呼ばれた方から退室してください』
『それでは、花嫁候補のみなさん、よい一日を』