■ エルスと廊下にて ■

 エルス。
 僕の愛しい君はいつも、防腐剤のプールの中でゆらゆらと漂っているんだね……。
 なぜ……?
 なぜという言葉をさがして、僕はここから抜け出せない?

     ★

 ――エルス002アケナメシスΦエデンシステム。
 そう書かれたプレートの向こうには、君が眠っている。いつか目覚めるんじゃないかと立ち尽くしたまま、僕はこうして、1500年くらいずっと立っているような気がして、コリコリと頭をかいた。
 長く白い廊下の奥からカツンと音がして、ふりむくと
「いつまで立って居るんだい?」
 セヅ=オクオトメが立っていた。
 鮮やかな緑に赤を織り交ぜた髪は、神の子の証でもある。相反する色彩。混沌と混じる前髪の奥にむけ、僕は、さっと非難の色を浮かべた。
「イザキュルレ、もう時間だよ、いつまでそうしているの、」
「いつまで……? 君がザクロ=ヴァレンタインを殺すまでだよ」
 瞬間、頬に衝撃がはしる。
 叩かれたのだ。
 わざと叩かれるような言葉を選んだのに、僕はまだ、イライラしている。
「君が! どうして花嫁に選ばれたのか、知っているか」
「イザク、……もう怒るよ」
 セヅの瞳が、青からゆれてオレンジに変わる。
 その七色の光も、エデンの花嫁の証。
 アダムがイヴのために残した、祝福の証。
 そして、それを利用しエデンシステムを完成させたザクロ=ヴァレンタインは、罪の重さにしたがって、死ぬしかない。
「君が何も望まないからだよ、わかってるんだろ。だから、僕は……」
 選ばれなかった。
 エルスが選ばれた。
 僕は喜んだ。実験体にされなかった事を、されずに済んだ、この躯を。
「はは……エルスも何かを望んでいる、だから目覚めない」
「イザク、」
 そう金の瞳を伏したセヅは、確かに神の子供だった。直感でそう思わせる。美しい光の輪をひろげた足元に、ポトポトと雫がこぼれおちる。
「セヅ、地球にいきなよ」
「え、」
 セヅは顔をあげ、僕は唐突なこの思いつきに、おおいにはしゃいだ。
「そうだ、地球に行きなよ、アテナに頼んで」
「……アテノアオリオン=カヴァンに?」
「そうさ」
 僕は笑った。
 自由を手にすれば、きっと君だって
「エデンシステムがどこまで通用するのか、試してみたいって言うのさ」
 何かを望むに決まっている。
 ……僕の愛しいエルス。目が覚めても、僕を思い出さないでくれ。僕はもう、あの頃と違ってー…。
 誰かを殺すことに、躊躇しない理由を見つけてしまった。