■ 株式会社理解人企画 ■

 なんとか次の職を探そう探そうとしているうちに、気づけばもう2ヶ月も経ってしまい、わたしはというと大した危機感もないまま、カフェで求人情報雑誌を眺めてる。
 よく街角に設置されている、赤いラックに入っているそれは、毎週水曜日に発行される無料のもの。中には、地域別に分けて色んな求人情報が、所狭しと掲載されている。
 毎週定期的に読む人でなければわからない共通点。
 素人歓迎特集の左端に、いつも載っているこの会社。
「株式会社……理解人企画、か…」
 コーヒーのおかわりはいかがでしょうかと言わんばかりの店員の視線を無視して、わたしは毎週読み返しているそれを、また読みはじめた。
「誰にでもできる簡単な仕事です。受付、電話対応、顧客管理、他……。時給950円、試用期間800円。実働8時間、木曜日定休、他シフト応相談、」
 いい条件だと思うのに、どうして誰も受けないのだろう。と。携帯電話が鳴り始めた。この番号は、先週の今日受けたコンビニのものだ。
『……を…お祈りいたしております……』
「はい、ありがとうございました。失礼します」
 通話を切る。
 また落ちた。
 これで何回目か、数えるのにはもう飽きたので、その落ちたぶんの鬱憤も含めて、この理解人企画という会社に電話をかけることにした。カフェを足早に出、適当なビルの中の適度に雑音がない場所に移動し、求人雑誌の番号を押す。
 話はトントンと決まり、3日後に履歴書持参の面接となった。
 就職活動というのは、要は運と勢いなのだ。

     ☆

 ビルの6階に会社はあった。クリーム色の細長い通路を歩き、理解人企画と書かれたドアの前に立つと、よしっと一息入れてからノックした。
「失礼します。あの、今日2時からの面接できました高本と申しますが」
 中は、灰色のデスクがいくつも並び、いかにも事務所といった雰囲気を醸し出していた。イスに腰掛けていた数人が顔をあげる。そのうちのひとりが立ち上がり、こちらに歩いてきた。
 わ、美人だ。と思う。
 男の人なのだけれど、背が高く、モデルでもしていそうな中性的な顔立ちで。わたしの表情を察したのか「ありがとう」とでもいいたげに微笑んだ後、応接室に通してくれた。
 これまた美人のお姉さんがお茶を出してくれる。すっかりドキドキしてしまい、口が動かない。
「あ…あの、あ……」
 お姉さんはニッコリ笑い、もう少々お待ちくださいと言った。まるで、わたしがなにを言いたいのか、わかっている風なお待ちくださいだった。
 数分後。応接室に入ってきたのは、さっきの美人な男の人と、社長と思しきオジサマ。この人もすごい。老紳士といった風情で、線のやわらかい顔をしている。
 鞄から履歴書を取り出し、名前を確認されてからオジサマは言った。
「早速ですが高本さん」
「はい」
「理解人、という人種をご存知ですかな?」
 ――理解人? 会社の名前ではなくて?
 しばらく考えていると、あの美人の人と目が合った。すると、彼は、「今まで聞いたこともないようですね」
 とオジサマに向かって言ったのだ。
 え?
 なに?
 わたし、心でも読まれているの? 超能力?
「超能力というか……、うーん、なんというか」
「これ、イツキ。高本さんが驚かれておる」
 美人さん、イツキさんは老紳士に窘められて口をつぐんだ。その様子もまた、テレビにでも出てきそうな感じでわたしはまたドキドキする。
 この会社の人たち、素敵すぎる。
「申し遅れましたが、このじいは富良野。一応社長をしておりましてな。こっちは江南イツキ。部長じゃ」
「どうも」
「あ、あのっ、どうも」
 本当にドキドキする。あのお姉さんの名前も聞きたいくらいー…
「内藤暁子さんですよ」
「あっ」
 まただ。
「イツキ。控えなさい。……とまあ、理解人というのはこういう人種でしてな。目の前の人間を、瞬時に、まるごと、理解してしまうのじゃよ」
「理解、ですか……」
「そういう理解人は、まだ知れ渡っておらんだけで、何百人、もしかしたら何千人とおる。他人の何もかもを理解してしまい、決まって不幸な道筋をたどり、ほうほうの体で此処にたどり着く。じゃが、ひとつだけ。理解人同士は、お互いの事を理解し得ないのじゃ。それゆえ我が社の人間は、わしを除いてー…」
 そうか。いつも求人を出しているのは、そういうことなのか。
 わたしは理解した。
 そして、富良野オジサマのいう「理解人」という人種は毎日、今のわたしみたいに理解しているのだ。すれ違う人も、コンビニの店員も、たくさん、たくさん。
 わたしは突然泣きたくなった。こうしてあらゆる面接に落ち続けていることや、ひとりの部屋に耐えられなくて毎日カフェで過ごすこと。友人たちの結婚しましたハガキとか、どうしてわたしだけ惨めな人生なの? と叫ぶ気持ち。今、こんな所で出てこなくてもいいのに。それよりも、イツキさんや内藤さんは、きっと、わたしよりもひどい人生を送ってきたのだ。想像できないぶん、ぼんやりとした黒い固まりがわたしの胸をギュウギュウ押しつぶそうとしている。
「……社長、」
 イツキさんが、わたしにティッシュを差し出しながら言った。
「採用しましょう」
「えっ?!」
「ほう」
 いきなりの言葉にあわてて、立ち上がりながら頭を下げた。その拍子に本当に涙が出てきて、あぁこの人は、本当にわたしのことを理解しているんだな、と思った。