■ ジャシコ食品館惣菜コーナー前 ■
小腹がそこそこ空いている賢者は、いわゆる音ゲーガチ勢の踊り子の
「保険! 2Pでクリア保険かけて! 青譜面でいいから!」
というお願いごとを勇者にまかせ、ジャシコ食品館へと向かった。
というのも、朝寝坊してしまったのである。
今日は久々の休日。
前日についうっかり夜ふかしして、世話になっている宿屋のおじさんとカードゲームに興じたのが間違いだった……と、後悔してももう遅い。
ジャシコでの待ち合わせに遅れまいと、朝食を食べてこなかったばかりか(気分的な意味での)魔力補給源であるマイジの板チョコも忘れてきてしまったのである。
ちらりと振りかえると、ありえないスピードで浮かんでいるように足を動かしダンスする踊り子と、その隣でうなだれたようにポテ……ポテ……とパネルを踏む勇者の後ろ姿が見えた。
いつ見ても微笑ましい同僚たちである。
ゲームセンターの喧騒をぬけると、辺りは衣料品のテナントゾーンに入った。BGMはいつものジャシコのテーマソングである。フンフンと口ずさみながらフードコート(いちばんの近道だ)を横切った賢者は、グウ、と鳴る腹を手でやんわりとおさえつけた。
たこ焼き……クレープ……ラーメン……。
いや、と賢者は首をふる。自分だけ早めの昼食、というワケにはいかない。
昼は皆でジャシコ・レストラン街にくりだし、あーだこーだ言いながら何を食べるか決める楽しみもある。
ジャシコで1日遊ぶ楽しみの34%はそこだ。(賢者調べ)そう、そこは絶対に逃せない。
やはり当初の目的通り、総菜コーナーでコロッケ1個でも買って腹をごまかしておくか……と賢者は連絡通路から食品館に入り、レジ前の道を直進してつきあたりを曲がった。
10時の開店直後とあって、客はほとんどいない。
コロッケコーナーは、今日はバイキング形式で販売しており、カニクリームコロッケかコーンクリームコロッケかで賢者はいたく悩んだ。
よし、全部ナシでメンチカツにしよう。
と賢者が決めてトングに手をのばすと、他の客の手がのびてきた。
「あっ、……すみません」
賢者は自分の手を引っ込め、小声で謝る。なんとはなしに目線を上にあげると、そこには見覚えのある顔が……、もとい、角が?!
「まっ……、魔王っ?!」
「は?」
頭から2本、角を生やしている少年は、いぶかしげに賢者を眺めるとようやく思い当たった顔で「うげっ!」と叫んだ。
「誰かと思ったら賢者かよ。私服だから全然わかんねーな……」
「いえ、わかりますよ。あなた角まるだしですし」
魔王は紫のチノパンに黒いシャツ。ドクロマークがついた七分丈の上着を羽織っていた。首に何重にも巻かれたれ下がるシルバーアクセ。ネックウォーマーはチノパンと合わせて紫と黒のストライプである。
耳を隠すため、幅が広く厚みのあるヘアバンドを頭に巻いているが、かえって角を強調している。角は、へアバンドの中からニョッキリとL字につき出ていた。
対する賢者は、ブラウンのレインコートにワイシャツ、ベスト、ネクタイという英国スタイルである。
ただし、ネクタイは慌ただしい朝の準備で適当に巻いたため、ネクタイというよりは、首からゆるやかに垂れさがる布、といった方が正しいだろう。
数秒経ち正気に戻った賢者は、コロッケよりも重大な事実に気付いた。
「――そんな事よりマズいです!」
「は? 何が? 俺いま晩飯買いにきたダケなんだけど」
(※魔王の生活リズムはほぼ昼夜逆転である)
「私いま勇者と踊り子と来てて、別行動中なんです」
それを聞いた魔王は、また「うげーっ!」と声をあげた。
「休日まで一緒とか……しかもジャシコって。気持ちわりー」
「ジャシコで買い物しているあなたに言われたくありません。有機栽培の切干大根なんて買って……」
「人の買い物かご覗くなよ!」
魔王の買い物かごには、有機栽培の切干大根、白ごま、天然はちみつ、農家の顔が見える地元産コーナーのネギやナスが入っている。ちなみに鳥のもも肉は外国産ではなくしっかり国産である。この辺りにも食品の安全に気を使っている様がうかがえる。
「い……意外とオーガニック…」
「うるせーよ」
買い物かごを床に置き、魔王は「それより」と続けた。
「それより、俺がここに居るってこと勇者に言うなよ。清算して、早いトコ逃げっから」
魔王はコロッケバイキングの横に置かれたトングと大パックを手に取ると、ササッと手際良く各種類1個ずつを詰め込んだ。赤い輪ゴムで2箇所をとめ、買い物かごに入れた。
「意外ですね」
「は? こりゃ四天王のぶんだぜ。俺じゃねーよ」
賢者は四天王それぞれの醜い顔と巨体を思い出した。先日の戦いでは、あの底なしのHPを削りきれずにこちらのMPが不足し、泣く泣く撤退したのである……。
「いえ、そうじゃなくて。……戦わないんですか? 勇者はたぶん今ごろ、踊り子とダンスゲームしてヘトヘトですし、チャンスですよ」
「ねーわ」
魔王は即答した。買い物かごを持ちあげ、天井をあおぐ。
「このBGM、萎えるだろ」
賢者がつられて上を見ると、丁度BGMが途切れアナウンスが流れ始めた。
『お買いもの中のみなさま〜、本日も〜、ジャシコ〜、セレヴァノット東店にご来店いただきまして〜、まことに〜、ありがとうございます』
「あぁ……」
妙に納得し、賢者が視線を戻すとそこに魔王はいなかった。
ふり返ると、魔王はレジに向かって歩きながら片手をあげ
「じゃあな。次会ったらマジぶっ殺す」
遠目でも適当さがわかるほど適当にひらひらさせた。
「えぇ、もちろん。戦わせていただきますよ」
賢者は、今しがた魔王が使っていたトングを手に持ちエコ紙袋を広げると、メンチカツを1個こそに入れた。
アナウンスはいつの間にか終わっており、店内にはまたゆる〜いBGMが流れている。