■ ヒトミさん、この後お茶でも ■

「ひっ……、ヒトミさん?」
 思わず上ずってしまった声に、瀬野は眉をひそめ、首をかしげた。
「やっぱセノでいいやっ!」
 あわてて手をブンブンさせ、前言撤回をきめこむと、俺はイスに深々と腰掛けた。
 今日は学校休みで、本当は棚橋とアラハバキ(ドール銃専門店)に行く予定だったのだけれど一昨日。昼休みに瀬野が映画のチケットをオレに差し出したとき、ヤツは解ったように頷いた。
 隣のクラスの筈なのに、しゃがみこんで俺の机の上で宿題を広げている竹中を早々に誘うと、俺の肩をポンポンと叩く。
 やけにモノワカリがいいじゃねぇか相棒。
 そう皮肉ったオレに対して、ヤツは
「アベルン(ヤツのドール銃)とデードできれば誰でもいいしね」
 と、唇をゆがめてみせたのだった。
 で。
 映画館に到着後、お決まりと思ってポップコーンとパンフを購入したはいいものの、それでも、まだ始まるまで時間がある。
 初めてのデート。
 今日は、大胆になるって決めたんだ。
 ふんわりしたイスに何度も腰を掛けなおしながら、オレはパンフを眺めている瀬野に思い切って声をかけた。が、
「ひ、ヒトミさん。手ェつないでいい……っすか」
「はい、どうぞ」
 彼女はぎこちなく両手を差し出す始末。
 普段は冷静沈着な瀬野も、まさか、緊張してるのか?
「片手でいいって」
「あ……そうです…よね」
「まぁな……」
「………」
 映画が始まり(魔法使いがモンスターと戦う映画だったのだけれど、)ジュースを飲むとき手を離してしまった。もう一度手をつなごうにも、気まずくて、結局それからは手を離したままで。
 そうして映画館から出ると、瀬野は
「今日は、楽しかったです。じゃぁ……」
 と言い、伏目がちの笑顔を残して去っていって。
 え?
 ちょっと待って。これからカフェでコーヒーでも……。
 出しかけた手。止まる足。
 ええい、ままよ。今日は大胆になるって決めたんじゃねーかオレ! 精一杯の歩幅でかけより、彼女のスラリとのびた腕をつかんだ。
「ヒトミ! ……ッさん! まだ時間もあるし、お茶でもー…」
「……タキさん、」
「ふへっ?!」
 瀬野がふりかえり、オレをまっすぐに見つめた。とたんにビビる俺は小心者だ。だけど次の瞬間、
「そんな無理してまで、名前で呼ばなくてもいいんですよ」
 彼女はいつもの、無表情なのに笑顔に見える空気で、少しだけ首をかしげた。
「お茶、いいですね」
 オレはなんだか嬉しくなって、瀬野の細い手をやんわりとつつんだ。