■ 終りを告げる鐘が境界に響く ■
フオール半島を巡回中、道沿いのとある一軒の家から老婆が走り出てきた。どこを探しても子供が見当たらないという。
なるほど、老婆は賢いもので、巡回している俺達帝国の警備隊にかかれば、発見も早いし多額の謝礼を支払ってでも子供の命の価値ぶんはある、という計算らしい。
副隊長のナバムに相談するまでもなく、俺はふたつ返事で請け負った。それが国の仕事だと思っているからだ。
素早く指示を出し、手分けをして周辺を探すことにする。
運が悪いことに、このフオール半島はジャックヤードとの境界だ。やはり女と言うのはどこまでも計算ずくめで、ジャックヤードから国内に侵入してくる魔獣や魔人、死神の使徒やらメキラ、魔王の使徒どもと互角に戦えるのは、特殊な訓練を積んで法力を授かった警備隊員のみなのである。
周辺を探していた他の隊員たちと、インカムで情報を交換する。どうやら島のはずれにくたびれた教会があり、そこに居る可能性が高いとのこと。俺が一番近い距離だ。走っていた方向を変え、位置確認をしながら教会へと進んだ。
最近、子供が行方不明になる事件が多発している。
それも、ジャックヤードとの境界線で多い。
丁度巡回の回数を増やしたときに当たって良かった。普段は二ヶ月に一回ほどしかまわらないのだ。
子供は、もうすぐ成人の儀をむかえる少年だという。
俺の脳が、瞬間的にファキリの事を思い出していた。
少年の頃の思い出。たった一人の親友。昔、成人の儀をむかえ、やっと国の警備隊に志願できるという年の、暑い晩。
彼はどこかへ消えてしまった。
それはあまりにも突然なことで、誰も行き先を知らなかった。
魔人にさらわれたのか、それともあいつが自分の意思で逃げたのか、どうしても確かめたかった。だから法力を得たとき、城の勤務ではなくジャックヤードとの境界巡回警備を望んだ。
俺には確信があった。どんなに時間が経っても、俺はファキリを見分けることができるー……。
――ギッ、ギッ。
扉はきしみ、上手く開かない。ちょうど良く子供が一人通れそうな隙間になってからは、もうまったく動かない。なるほど。これは子供たちの秘密の遊び場として十分魅力的なものである。ボソリと「帝国巡回隊遊端組隊長として」とつぶやいてから、法力を使い扉を開け放った。埃が盛大に舞い上がる。と、床に倒れている影が目についた。気を失っているのか、ピクリとも動かない。ビンゴだ。
「おい、大丈夫か!」
足早に教会の中に入り、少年へと近づく。とたんに、見えない何かにぶつかり、俺は油断もあって盛大に尻もちをついた。
「ッて!」
なんだ? これは、まさか? 魔法障壁ー…ッ?!
突然。
勢い良く扉が閉まった。
教会の色彩が薄暗く沈み、強い魔力を持った気配が、ゆらりと漂いはじめる。無意識に、インカムに手をそえた。この障壁にあてられたのか、ノイズしか聞こえない。
俺はゆっくりと立ち上がり、もう一度両手で障壁に触れた。ピリッと、手に魔波がはしる。視線を左右に泳がせる。どこからも攻撃の気配がない。しんと、まるで夜のように静まりかえっている。
ゆらりと、少年の奥に小さな炎が現れた。それは次第に大きくなり、やがて、黒いフードをかぶった人の形をとった。手に大きな鎌を持っている。鎌……デスサイズ…死神の使徒か。厄介なものと出遭ってしまった。
しかし一向に攻撃の気配が感じられない。それどころか死神の使徒は、こちらにむかって歩きはじめた。驚きのあまり身動きが取れない。鎌を投げ捨て、左手でフードを外し、て、
「久しぶりだね、ミノウル」
「――ファキリ!!」
目の前の青年は、限界まで近づくと、障壁越しに広げている俺の両手とその手を重ね合わせた。
「ミノウル、何年ぶりだろう。七年……八年ぶりくらいかな…。元気にしてた? 背、伸びたね。昔は僕の方が高かったのに。あ、その服。……帝国の巡回警備隊だね。良かった。合格してたんだ。僕はねっ、ミノウルがどんなに大きくなっても、見分ける自信があったよ。すぐにわかった。ねえ、ガムおばさんまだ生きてる? 懐かしいなぁ、あの叱られたあとのフラッペの味とかさ。本当……。やっと逢えたね、嬉しいよ、ミノウル」
「…ファキリ……」
「やめて? その名前はもう棄てたんだ」
昔の親友はニコニコと、事も無げに言った。手が、離れる。
「この子はもらっていくよ」
鎌を拾い上げ、倒れている少年を抱きかかえると、親友は「ここから独り言、」上を見上げた。その背中はまるで、居もしない神に懺悔をしているようで、俺は、なにもできない。
「十年前にさらった四才の子供を飼い続けたら、今年で十五になる」
「この子はまだ成人の儀をしていないよね? それは十五才ってことだよね」「この子を入れて、目標の百八人まであと五人になった」
「これだけ集めて何を復活させようとしてるんだろうね『僕ら』は」
ジャックヤードの七人の魔王のうち、復活していないのはー……!!
「ファ、」
「ねえ! ミノウル。今、僕を殺せないか考えているのなら、」
死神の使徒は鎌を振りかざした。
とたんに、轟音と、低い振動が教会をゆさぶる。
「もう××じゃ××ね。××××、××で僕を×××ね」
ファキリが霧のように消え、鐘の音が余韻を残しながら薄れていく。
――もう親友じゃないね。ミノウル、全力で僕を殺してね。
駆けつけた隊員たちに言われ、俺は自分が泣いていることに気づいた。
子供を守れなかったこと。ファキリが生きていた喜び。ジャックヤードで今起きている動き。ファキリが死神の使徒の一人だったこと。名前を棄てたこと。そして。
俺たちの間には一本の境界線が引かれてしまった。
鐘が証人のように耳の中で鳴り続ける。もう親友じゃなくなったこと。次に逢ったら殺さなければならないこと。その覚悟が俺にはないことを。
隊員たちの質問をあびながら、首からさげている小さな水晶柱を握り締めた。
皮肉なことに、死神の使徒が唯一回想した、あの叱り上手なガムばあさんの形見だった。