■ hPa Side End ■
――ザッパァァァン。
オレの名前は八雲翔。
今、オレの目の前には、春の海と灰色の砂浜、そしてー……
「翔様ぁ! 早く早く、こっちですわー!」
「何でお前が居るンだよ!」
幼なじみの東雲桜子が居る。
「キャー! 波が高いですわー!」
「つーか……お前連れてきた覚えねぇし…」
「アラ? わたくしは翔様に付いてきた覚えがありますわ」
桜子はニッコリと笑って持っていた日傘を、お付きの者に持たせた。っていうか、今日曇りだし……いや! ツッコミ所はそこじゃねぇ!
「付いてくんなよ! オレだって、一人になりたい時ぐらいー」
「わかってますわ」
「――え、」
いつもならここで
『なんですって……そんなにわたくしがお嫌いですの…?』
みたいに泣きそうになって、そこからキレて追いかけてくるのがパターンなのに、
「翔様にだって、そんな時ぐらいありますわ」
いつもと違う。
悲しそうな、桜子の横顔。
走り出す体勢をもとに戻してからちょっと綺麗だなって、思った。
少し波の音が響いてから、桜子のつぶやきが聞こえてくる。
「でも、ねぇ翔様。考えてみて下さいまし。翔様もこれで晴れて大学生。わたくしがいくら家に盗聴器や隠しカメラを設置したところでー」
「してたのかよ!」
桜子は「しまった」というような、いつもの顔に戻ってそれから「ホホホ……」と硬く笑って誤魔化そうとした。
だから、いっつもオレが部屋に居るときに限ってタイミング良くチャイムの音が聞こえるワケだな。
――ザザアァアアァァ。ザザザザ……。
「わたくしは……高校二年生になったとはいえ、もう、どんなに頑張ったところで、翔様にお会いできる時間も。機会すら。そうそう無くなってしまいますわ」
「桜子……」
「っだから!」
波の音。
横顔。
風。
急に、海が見たくなった事。
色々なものが重なって、潰されて、その上から新しい何かが、生まれていく。
「……だから……わたくしは…っ……」
桜子は、泣いていた。
いつもの嘘泣きのように、顔にハンカチもあてず必死になってオレに何かを伝えようとしてー……。
今言われたら、断りきれない。この一年間、毎日言われ続けてきた言葉。
波の音は大きい。
それでもいいと、初めて思えた。
本当に、綺麗になった桜子の唇が、そっと動いた。ス、キ、と。