■ 夜深い双子 ■

「ねえ葉書が届いたよ」
「今時珍しい、40円葉書だ」
「下に10円を貼り付ける」
「上に50円を貼るには惜しかったらしい」
「君はいつもそうだ」
「何をするにも惜しがっている」
「ほしい」
「くせに」
「この英語の文章が読めなかった」
「ネーデ」
「新世界」
「楽園の終わり」
「なにか面白いこと言って」
「ネーデ、NEDEを右から読むとエデン、ダクティーブルッフェ」
「なんでも右から読む病気があった」
「。きがてた>←の病」
「楽園は沈む」
「遠く遠くにいたたまれる」
「葉書は」
「間違い葉書だ、」
「人番地違う」
「人の隣は」
「間」
「国」
「……殴るには惜しい切り返し」
「なにもかも惜しがっている」
「なにも」
「なにか?」
「なにか楽しいこと言って」
「宇宙とかけましてガン細胞ととく」
「その心は?」
「どちらも無限にビッグバン」
「誰かこいつ殴って星見せてやって」
「星屑色の手紙のこと? ポストにはさまってた」
「あぁお誘いだ」
「いまどき珍しい、蝋でおされたインだ」
「おそらく土曜に、研究にふさわしい月が立つ」
「どうでも」
「ポットの煙をたどっていけば、迷いの森から出られるという寸法さ」
「お茶会なぞには興味ないね」
「君はそうやって三千世界を拒絶する」
「君はどうやっても受け入れる気だったね、苦しいよ、殺すなら、早く」
「月の研究は朱色に染まるのが相応しかった」
「それは死のカタチ」
「お誘いは受ける、なにもかもを受け入れる」
「死すら」
「コトバが年齢とともに抜け落ちていくという病気があった」
「つき<”>の病」
「緩慢に退廃していく。土曜までに退廃しても。それはお誘いを受けたいという退廃」
「どうあがいても連れて行く気、」
「それは病気」
「次に見舞う病気、研究の病気、死は、病名じゃなかった」
「残念なことに」
「死は病名じゃなかった、死に至る病気はあっても、死自体がそうでないなんて、おかしいとは思わないか」
「彼女が泣くのはおかしいとは思わないか」
「月が」
「君が」
「死が」
「やめよう、なにもかもを受け入れるなら」
「こぼれるのには興味ないね」
「何ならこぼれる?」
「何なら興味?」
「深夜」
「シンヤと呼べるもの」
「深海」
「シンカイと歌うもの」
「興味」
「興じる」
「なにか楽しいこと言って」
「カギカッコは、はじめとオワリでボックスラーメン」
「かたゆで」
「しかも焼きそばの麺」
「死が病気じゃないことの証明」
「病気は動く。動かないのが死」
「月の研究とは?」
「土地理学者。なにもかもを拒絶すること、夜と、海は似ている」
「ぼくたちは飛べない」
「沈むことはできる」
「息をしないことが条件とは、すこし、むつかしすぎやしないか」
「しなければいい」
「死か」
「死だ」
「それは死語だ」
「ラテン語のこと? 中では生きてるよ、この言葉たちは」
「それは死後だ」
「螺旋階段のこと? 腹では活きてるよ、この小鳥たちは」
「羽ばたく」
「ような気がするだけ」
「なにか面白いこと言って」
「カッコは、はじめとオワリで楕円」
(完全な円を拒絶する。だからカッコは閉じない。
「深夜は円をかきはじめる、月だ」
「映るのはどこ?」
「深海」
「墜ちる」
「視界」
「息をしないで」
「死体」

■ 夜と葬送 ■

「生きたい、って、言ってごらん?」
 ……彼が。
 彼が私の背中に銃をつきつけ、耳裏に息をふきかけた。
 冷徹な殺し屋である彼の手に、かかって死ねるなら本望。
 そもそもこの30階建てビルの屋上で、私は、飛び降りようとしていたのだから。
「あなたから逃げようとすれば、私は飛び降りて死ぬしかないし、あなたから逃げないと思えば、私は銃で撃たれて死ぬしかない。どちらに転んでも、私は幸せなんだけど」
「どのくらい?」
「すっごく幸せ。幸せすぎて死んじゃうくらい幸せ」
 時間は夜。ネオンがまたたき、蛍光灯がバシバシ地上を照らして、車のライトは縦横無尽になにもかもを探り出そうとしている。
 けれど、私はみつからない。何者にもなれない。
 私と彼は闇の中。
 孤独だ。
 二人で孤独、って、なんかおかしい言い方かも知れないけど。
 けれどお互い孤独だった。
 だから私たちは惹かれあって、孤独を埋めようとしたけれど――、結局。無理だった。
 私はこうして彼から逃げるために屋上に立っていて、彼はこうして私を殺せと命令されている。
 おそらく、私の両親から。
「ねぇ、生きたいって、言ってごらん?」
 彼が、さっきと同じことをまた、耳に息をふきかけながら囁いた。
 でもさっきと違うのはー…、声が、震えていること。
「……泣いてるの?」
「違う、僕がききたいのは、そういう答えじゃない」
 震えた波長が届く。諦められない彼が言いたいのは、きっとこういう事。
 私が生きたいとさえ言えば、言ってくれたなら、二人で遠くへ逃げよう、って。彼は殺し屋をやめて、私は死ぬのをやめて、両親や裏の世界やもろもろ全部から裸足で逃げて、自由で、世界の果ては美しい夢みたいで、そうなったらとっても幸せで、ねぇ、だから、ほら、一緒に、逃げよう、って。
 でも、私は知ってしまったの。
 二人でいても、埋められないものがあるってこと。
 二人でいたら、きっと確実にこれから先の未来の孤独はなくなる。彼ならそれができると思う。
 けれど、過去の孤独はいつまでたっても孤独なの!
 思い出から、何度取り出しても孤独で……!
 私、もうイヤなのこういうこと。
 一緒にいても、突然過去がフラッシュのようにパッと浮かんで、そのたびに叫びだしそうになる。幸せや、愛や、そういったものが突然押しつぶされていく。何回、何百回とそうなって、私、それでも生きたいなんて、もう言えない!
 私は倒れるように飛んだ。
 フワッと浮き上がる感覚。
 でもきっと、数秒後には何も感じなくなる。
「……ごめんね。泣かせて。でも、私、幸せなまま死ねてよかった」