■ やばげ ■

 この地域に引っ越し、同棲して結婚式をあげ、妊娠し、住み始めてから5年。アマプラに入ってたし仕事の物や実家からの野菜などが頻繁に届くので、宅急便の配達人を覚えてしまっていた。
 輝くような20代イケメン、10代後半の新人お姉さん、30代のガチムチ系オッサン、50代の運転悪いジジイ(一回轢かれかけた)。
 私はその人たちと余計な会話もせず、ただ荷物を受け取りサインをして「どーも」と言って扉を閉めていた。
 しかし、息子が産まれてから、状況がにわかに変化した。
 ある日、息子(0才)がギャン泣きしてる時に宅急便がきた。届けてくれたのはイケメンだった。息子の泣き声のなかでサインをしてしていると、イケメンが「大変ですね」と声をかけてきたのだ。
 コミュ障の私は「あー、いえ、はぁ、まぁ」位しか言えず、伝票を渡して扉を閉めた。
 今の、なんだ? と思った。
 メロドラマ的な、昼下がりに熟女と宅急便の男が絡むような話が思い浮かんだ。漫画かよ。レディコミ展開かよ。とも思った。とにかくイケメンで、私が一番好きなタイプの髪型と顔だから余計ドキドキした。直後に、んなわけあるか妄想乙と思い直し、警戒心を強めた。
 その後も、宅急便がくるたびに、イケメンは一言だけ声をかけてきた。息子の名義できた服の伝票を見て「男の子ですか?」と聞いてきたり、泣いてないときは「静かですね」と言ってきたりした。そのどれもに「はぁ、まぁ、」と警戒しつつ返した。
 もちろん他の人も配達してくるので、ここまでで1年くらい経過した。
 ある日、息子(1才)がピンポンの音につられて、我先にと玄関へハイハイしていった。
 イケメンは、息子と初めて対面した。すると、今までで最高の笑顔で
「可愛いですね〜!! 触ってもいいですか?!」
 と、過去にない大声を出してきた。
 私が「はぁ、まぁ」と言って息子を抱き上げると、イケメンは息子の小さい指を握りもう一度「可愛い〜」と言った。
 そこから、なぜかイケメンの配達の頻度が上がった。
 これは気のせいじゃなく、明らかに上がった。今までは10回の配達で4人が2,3,4,1回、くらいの割と均等な感じだったのに、イケメン6回,その他2,1,1回くらいの頻度になった。
 毎日ベビーカーに乗せて散歩してると、イケメンの配達トラックも毎日ぐるぐる町内を回っていて、しかもこちらに気づくと運転席から爽やかスマイルで会釈してくる。覚えているのは顔だけだったのに、トラックの後ろにプレートがついてるから名前も覚えてしまった。
 仮にAさんとする。
 季節は過ぎ、息子(2才)が、DIY中のカーテンをAさんにプレゼントしようと玄関に引きずったり、風呂掃除中にピンポンが鳴って、手が離せないうちに扉を開けた息子とAさんが話し続けるという出来事もあった。
 この頃には、私はAさんの目的が息子なのだと理解していた。
 玄関先に息子がいるのといないのとでは、笑顔の熱量が違うし世間話の秒数も三倍くらい違う。
 メロドラマのような展開にならず胸をなで下ろしたが、だんだんと玄関先での話が長くなってきていていて、コミュ障な私は若干にがてだなとも感じてきた。
 あんまりAさんの話ばかりするので、夫は、私がAさんのことを好きになったんじゃないかと疑うようになった。
 そりゃあ最初はドキリとしたけれど、今では息子にしか興味がないと確信してるし、イケメンは鑑賞用に限る。
 そこで、Aさんが来るとき、夫も家にいてもらおうと考えた。
 ちょうど不在連絡表が入ってたので、電話して来てもらうことにした。
 この頃にはイケメンは、住所を言うだけで「あっ、〇〇さんですね、いつもありがとうございます!」と言うようになっていた。
 配達頻度が尋常じゃないのもあっただろうが、ちょっと気持ち悪くも感じた。というのも、本当に所在地&マンション名しか言ってない段階で、部屋番号を言う前にかぶせるように「〇〇さんですね」と言ってくるからだ。
 夫がリビングで息をころして観察する間、私は息子(3才)と玄関先に出た。
 イケメンは、デレデレという言葉がぴったりの声で息子を褒めちぎる。
「今日も元気ですねぇ〜、いつも玄関開けてくれて有難う〜、またねぇ〜、バイバ〜イ」
 実際は3分以上熱っぽく喋り続けた。夫が時計で計って判明した。
 夫に「どうだった?」と聞くと、
「あれは…、ヤバいね。ガチなやつだね……」
 と震え上がり、浮気疑惑はなくなった。
 そして忘れもしない息子(4才)の誕生日。
 この頃になると、イケメンの配達頻度は下がっていたが、なぜか大事な配達の時にはタイミングよく現れた。クリスマスの時とか。
 予想はしてたけど、実家&義実家の誕生日プレゼントを運んできたのもやっぱりイケメンだった。
 私はすっかり警戒心がとけていて、
「息子〜、〇〇のばぁばと△△のばぁばから誕生日プレゼント届いたよ〜!」
「やったぁ〜〜」
 と、イケメンの前で普通に息子と会話した。
 するとイケメンは
「誕生日なんですか?! おめでとうございます!」
 と言ったあと、息子に
「何才になったのかな〜?」
 と菩薩みたいな笑顔できいた。息子が指を4本たてて、荷物を持ってリビングに走っていく。
 私が伝票にサインしている間、イケメンは感無量といった声で言った。
「いやぁ〜…、産まれたばかりの時にはこんっなに小さかったのに、あんなに大きく育って……ッ!」
 親戚かなにかか??
 と思ったけど「そうですね」しか言えなかった。
 帰宅した夫に報告すると、「真性は一味違うね」と感想を漏らした。
 その後、イケメンの担当地区が変わったのか、成長した20代お姉さんが主に配達してくるようになった。
 半年後、私達家族は引っ越し、Aさんとは当然会わなくなった。
 息子は覚えてないようだが、私のほうはAさんと同じ苗字の芸能人が出ると、元気かなぁとちょっと思い出す。
 今の地区はお爺ちゃんが配達してくれる。が、こちらも息子に対して孫みたいな扱いになってきて、最近では息子の方に何かしらの要素があるのではないかとも思いはじめている。