■ ルのつくマチルダ先輩 ■

■ QBOOKS 第16回 1000字バトル チャンピオン作品 ■

 こうして彼女のナンプレだけが進んでいく気球内。僕は時折ガスの残量を確認し、炎の量を調節し、山をやきもきしながら見てるのに、事態は進展せずナンプレしか進んでいない。
 彼女の名前はマチルダ先輩。本当の名前は言わせてもらえない。先輩はセーラー服を着ている。けれど本当は大……、これ以上は絶対に言えない。
「マチルダ先輩、見てください鉄塔ですよ!」
「ふうん……」
「先輩、見てくださいってば」
「私いま、忙しいの」
「ナンプレは気球降りてからでもできますから、見てください!」
 マチルダ先輩は仕方なさそうに立ちあがった。少しカゴの中がぐらついて、先輩のスカートから白い太ももがチラリズム。僕は耳が赤くなるのを感じながら、鉄塔を指さした。
「先輩、進行方向ですよ。このままだとぶつかっちゃいます」
「で?」
「で?? ……で、ってだから、このままだと鉄塔にぶつかって、気球が落ちて、僕たち、死んじゃうかも知れないんですよ!?」
「ふうん……」
 マチルダ先輩はつまらなそうに座ってナンプレ本のページをめくりはじめた。☆3の問題は、先輩には簡単すぎたらしい。☆5の中でも難しそうなのを吟味している。
 気球は、山風のせいで速めに動いている。ガスの量は残り少ない。山に不時着して遭難するしかー…。
「先輩!!」
「……もう、仕方ないわねぇ」
 マチルダ先輩は、パンッとナンプレ本を閉じ、上目づかいもそこそこに直球で僕を見た。
「なんか言って。ルのつくもの」
「ル……ルンルン?」
「名詞!」
「ルビーの指輪」
 マチルダ先輩の指に、ルビーの指輪が出現した。さすがマチルダ先輩。ルのつくものしかダメだけど。
「あのねぇ……、もっと実用的なル、ないの? 私、他人に言われないと出せないんだから、考えて」
「ル、ル、瑠璃色ー…ル、ル、」
「名詞で!」
「ルッコラ!!」
 マチルダ先輩は両手のルッコラを僕に投げつけた。
「痛いッ!」
「まったく役立たずだわ! 何でもいいから役立つものを言いなさいよ、実用的なもの!!」
「ル・プリエールロケット弾!!!」
 こうして、マチルダ先輩が出したロケット弾のおかげで鉄塔どころか山を越え、遭難もせずに無事浜辺に着地することができた。
「……散々なバルーンデートだったわね。次はもうちょっとマシなルで誘って頂戴」
 歩き始めた彼女の背中から、非常にご機嫌な鼻歌がきこえてくる。
 次は危険がないように、ルームランナーデートに誘うつもりだ。