■ ぬっへほ神様ご乱心 ■

 私と私の同居人は不定休の仕事をしていて、年に何回か2〜3日のまとまった平日休みがかぶる事がある。
 そんな時には同居人の車でぶらり旅をすることが多い。
 ホテルは前日の夜とか当日行き当たりばったりとか。平日なので探せばどこかしら空いている。去年の秋も休みがかぶって、車で日本海側の県にぶらっと行くことになった。
 行き先は有名な温泉地に決めた。
 こんなとき、携帯電はわざと使わない。カーナビも使わない。CDをかけた車内で地図を片手に、おしゃべりしながらいくのがオツってものだ。車を走らせていくと、ようこそという看板が見えた。看板をくぐると何件もの旅館とか温泉宿とかが道にずらりと並んでいて、日帰りの共同浴場や、ホテルにも専用の温泉があって日帰り入浴もできるし、町ぐるみで色々やっているみたい。
 一回車で本通りをゆっくり走って、気になった看板の宿をチェックしようって事にしたんだけど、温泉街通り過ぎたすぐの曲がり角に「温泉旅こちら」みたいなの看板があって、山道みたいだけど一応見ておこうかってノリで曲がった。
 その山道のなかにも何件か温泉旅館があるみたいで、その中のひとつがすっごい趣ある外観だったから、車を停めて訪ねてみることにした。
 古風な旅館。
 運よく空室があって、もう夕方近くだしそこに決めた。
 カウンターの横に和室があって、その中央に囲炉裏。そこがホテルでいうところのロビーみたいになってて、壁に鹿のはく製があったり、日本人形とかでかい将棋の駒とか置いてあったり。とにかく古めかしいっていうか。
 でもちゃんと掃除が行き届いているみたいで埃っぽくはないし、エアコンは真っ白な新しめのモノだった。客室の窓から眺める山の景色も素敵で、さっき通った本通りから向こうを見渡せるようになっていた。
 山の中から煙が細くたっていて、同居人は、いい山というのはなぜか細く煙がたつものだなんとかとウンチクを語った。
 さて。
 なにはなくともお風呂。
 部屋にあった浴衣と新しい下着を持って、同居人と大浴場にレッツゴー。最初入る時にはタオルで前を隠していたのに、露天ではしゃいでいるうちにすっかり恥ずかしさも忘れ、最終的には堂々とした足取りで脱衣所へ。
 和室ロビーの自販機にコーヒー牛乳を見つけ、同居人と即買った。囲炉裏のまえでだらーっと飲んでたとき、見知らぬおばさんたちがやってきた。見知らぬ、とはいっても、さっき温泉で一緒に浴槽に入ってた人たちだ。向こうは、もう顔見知りみたいな、フレンドリーな感じで話しかけてきた。テキトーにこんばんはー、いいお湯でしたねー、みたいな世間話をする。
 と、何かのついでみたいな感じで
「ぬっへほ様はいつ頃かしらねー」
 っておばさんの一人が言った。
 ぬっへほ、っていうのは私があんまり聞き取れなかっただけ。なんか方言みたいな変なイントネーションで、それ一回しか言わなかったから本当は違う名前かも知れない。
 私たちが「え?」みたいな顔したら、おばさんたちは「しまった!」みたいな顔して、天気の話をしはじめてあとはすぐ居なくなった。
 客室に戻ったあと、同居人と、今のなんだったんだろうみたいな話になった。
 まぁ私はオカルト好きだから、
「もしかしたら座敷童じゃない?」
 って言ってみた。
 地方の古い旅館にはつきものだ。テレビ番組でも時々やってるし。
 その他に出た案は、実はこの辺りが今日お祭りで、なんかなんとか様が練り歩いてくるとか、お忍びのマイナー芸人なんとかなんとか様のおっかけかな、とか、そんなトコ。そのあと料理がきたのでこの話は終わった。飲んで、ひとしきり職場の愚痴を言い合って、布団にダイブすると同居人はすぐ寝た。
 その夜、ちょっとした夢を見た。
 夢のなかの私は、またそこの露天風呂に入っていて、太い木で囲われた濁り湯なんだけど熱々で湯気ももくもく。周囲は濃い霧がかかっているかのようにもくもく。私のほかにお客はいなかった。
 そこから。
 ザバーっと何かが出てきた。
 白い丸太みたいなやつ。
 太さは両手まわしても抱き着けないくらい。あと高い。威圧感っていうか、高すぎて屋根ギリギリくらいだ。
 あぁ、本気で驚いた時って声出ないもんなんだなーなんて思いつつ、その白い丸太を見上げたら。
 丸太が鳴いた。
「ブボボボオオオオオ!!!!」
「ぅわ!?!!」
 ハッと目が覚めた。朝だった。
 同居人を見ると、同居人も目が覚めてて、お互い無言で目が合った。
 夢の話をしたら、同居人も見たよって言ったんだけど、似てるようで似てなかった。
 同居人は同じくそこの露天風呂でくつろいでいたらしいんだけど、そこに、小さくて白い木の枝らしきものが、うねうねと5個ぐらい浮いてきたって夢だったらしい。
 鳴き声とかは特になかったらしい。
 その日は温泉街のほうに戻って4軒温泉をめぐった。
 そしたら3軒目のところの人が世間話してきて、泊りですかと聞かれたから「はい、そうです」って宿の名前言ったら、何か知ってる風な返答。
 きいてみたら、私たちが泊まった旅館は金運アップの神様がいる事で有名な旅館なのだそうだ。その神様は白い蛇で、夢の中に神様が出てきた人は金運がアップするらしい。
 思わずまた同居人と顔を見合わせて、
「蛇……??」
 って。
 声までかぶった。
 だってどう考えても蛇じゃなかったし、どう思い返しても丸太だった。
 丸太が鳴くかときかれると、じゃあ蛇だったのかな、ともなるけど、別に金運があがったわけでもなく、むしろこっちが温泉地に金をバラ撒きまくった旅行だったし。
 ちなみに金運とかじゃないと思うけど、先月のガス代は安くって、あとはコーヒー買おうと思ったら自販機で1円拾った。