■ 虹観光 ■

 ザエフティー式サングラスをつけると銀星眼狙いの輩に襲われるから、父と母は止めろと言う。けれど、つけなければつけないで銀星眼だとまるわかり。
 どっちみち狙われるのだ。
 それなら私はつけていたい。
 まぶたを覆う、無機質な感触を楽しみながら氷のテーブルに着席し、店員にお茶を注文する。この惑星に来たお目当て。カフェの大きな窓から、氷に覆われた巨大城が見える。
 五十年に一度、深層から虹色雲魚が浮かび、深層のヌシを決めるレースが始まるらしいのだ。
 星旅に出るのを反対したのは父と母だけではなかった。
 兄や妹、いとこや叔母、近所のひとたち。果ては学園の先生までもが、希少な銀星眼を外に出してはいけないと説いた。私の気持ちは天秤にすらかからず、カタン、と、音を立てて傾くのはいつでも……、銀星眼の重い価値だけ。
 お茶が届いたのと同時にピィーという大きな鱗笛の大合唱が始まった。
 深層から群れが、巨大城を中心に渦を巻きながら浮上してくる。そのちバラバラに広がり、それぞれが虹色の鱗を反射させながらいっせいに空を泳ぎ回る。
 もっとよく見ようとザエフティに手をかけた瞬間、
「――失礼ですが、銀化水星の方ではありませんか?」
 見知らぬ人に声をかけられた。
 長い髪をした男。緑と黒の装束からして、第五ピュルテ系の人種だろう。
 男は断りもなくテーブルの向かいに座り、
「あの星はいいですよねぇ」
 勝手に話しはじめた。
「トパーズの鉱脈ツアーで行った事がありまして。あれは美しかったなぁ。ところでお一人ですか? 危ないですよ。ただでさえ星間ワープゲートでの誘拐が横行しているのですから」
「………」
 私が外を見たまま答えないでいると、男はため息をついて席を立った。さりげなく後ろを見ると、男は壁際の同種族と思しき男と話をしている。時折視線を感じ、おそらく彼こそが誘拐犯なのだろうと感じた。
 と。
 急に一匹の虹色雲魚が群れから飛び出し、城の一番上にあるダイヤモンドの飾りにしっぽを叩きつけた。それと同時に飾りの周囲から勢いよく雨が降り注ぎ、街中が虹におおわれた。
 美しい光景に、カフェ内では大きな喝采と拍手が巻き起こる。私も立ち上がりパンパンと手を叩く。
 ここまで来て良かった。
 あと五十年は見られないんだから――。
「――お嬢様」
 声をかけられた事で、興奮はスッと遠のいた。今度の声は知っている人。銀化水星系で最強の民族シヴァゴ。私の護衛役だ。
「ご安心してお帰りください」
 シヴァゴの護衛はそれだけ言うとサッと姿を消した。後ろをふり返ると、第五ピュルテ系の男と壁の男は居なくなっている。
 虹が消えて魚たちも深層に戻り、静まり返った巨大城をしばらく眺めてから、私はザエフティに手をかけ、お茶を一口飲んだ。

■ 虹色博士の葬列 ■

 晴天の丘は、雨のような表情の黒服であふれている。
 私は花の茎を握りしめ、列の一番最後に加わった。この列は、棺の中に眠る虹色博士の元へと続いている。様々な人が、様々な色の花を持ち、立ち尽くしたまま、博士との対面を待ちわびている。
 虹色博士の葬儀場へ向かう看板には、※印でこう書かれていた。
『博士との思い出の花をひとつ、棺に入れることができます』
 他の人々同様、私も一旦引き返して花屋に駆け込んだ。けれど商店街の花屋の花はもうカラッポで、仕方なく私は一旦家に戻り、お父さんの遺影の前から一本、博士にふさわしい紺青の薔薇を引き抜いて参列した。
 列は、やや弧を描いて丘の階段へと続いている。
 暇なので、周囲の人間を観察することにした。商店街の住人なら、後ろ姿だけでなんとなくわかる。
 チューリップを持っているのは電気屋の今田さん。おそらく店の前で毎年咲くチューリップのプランターが、博士との思い出のひとつなのだろう。
 桜の枝を持っているのは婦人会のボス・宇龍さん。たぶん、公園の花見の件で虹色博士とバトルしたあの伝説の夜を偲んで持ってきたのだろう。
 ヒマワリを持っているのは、博士のことを好きだと公言していた弓家さんとこのマリちゃん&数人の女子。虹色博士は夏になるとやたらと出歩くので、ヒマワリに関する逸話を持っている人が多い。他にも数人がヒマワリを手にしていた。
 それにしても熱中症で倒れて死亡するなんて、博士らしからぬ失態だ、と、後ろの夫婦がヒソヒソと話している。
 葬儀の会場は公園の丘の上に設置されたけれど、倒れる人は今のところいない。博士の発明で非常に快適だからだ。
 列が常に日陰になるように計算された動くテント屋根、楽しく歌いながらミストをまき散らす機械トカゲと風を巻き起こす機械ヨウム、屋外棒状製氷機がフル稼働して地面に氷を落とし続け、コロコロ草の上を転がっていく。3分ごとの、スコールかと思うほどの雨粒は、虹色博士の力作であるスーパー天気くんの仕業だ。さらにこの周囲一帯の上空にはうすい反射膜がつくられ、太陽光を和らげている。時計台の温度計をみると、昼過ぎだというのに気温は26℃しかなかった。
 いつもなら36℃はいくところ、さすが博士の作品だとどこからか聞こえてくる。
 列は順調に進み、ついに私の番となった。
 棺の中を覗くと、もはや博士のまぶたしか見えない。花にあふれ、レインボーを通り越してゴチャゴチャのお祭り状態だ。
 私は持っていた紺青色の薔薇を、グッと握り潰した。
 ばらばらと、花弁がまぶたに降り積もる。
 紺青の薔薇は博士のアイディアで量産体制が整い、今では市場によく出回るようになったというドキュメンタリー番組を見て、一体なんのためにお父さんは働いて、どうして死んだのか、あの人は誰なのか、なぜお父さんの仕事を横取りしたのか、疑問は博士と対面してすぐ、憎悪に変わった。
 機械の故障で熱中症になり倒れて死ぬ、というアイディアを思いついたのは、博士とお茶している最中、助手の鈴木くんが発明品を壊したと言って駆け込んできたからだった。
 その鈴木くんは、向こうのテントでずっと泣いている。私は作り笑いを浮かべて鈴木くんに声をかけたあと、薔薇の茎を折りゴミ箱に捨てた。