■ 無重力占い ■
その日、彼氏と待ち合わせたショッピングモールで失恋した寺垣メイは、急に元・彼氏となった元彼氏に
「――元カレって、もっとカレーに似てるよね!」
と、パニック状態の名言を押し付けたあと、モール内をぐるぐる歩き回って心を落ち着けようとした。
しかし、そんな事でバクバクしまくりの心臓は落ち着くわけもなく、出てくるのは楽しい思い出ばかり。
告白の瞬間から初めて一緒に下校した日、一緒の大学を目指して受験を頑張り、その間のバレンタインデー&ホワイトデー。見事受験に合格したものの彼氏は落ちて別々の大学へ。更にはメイがアルバイトを始めたことによって距離が遠くなっていき、そして今日。
久々のデートで気合いを入れた朝の化粧。
久々に会えると気合いを入れた洋服。
久々に楽しい気分で乗った電車。
初めての……失恋。
気づけば1日かけて3階建てのモール内全ての通路・全ての店内通路をめぐりにめぐって、最終地点である3階東端にまでたどり着いた。
テナント募集中の看板と、ぽっかりとした空間で行き止まりとなっている手前に、占いスペース『無限の未来』がある。
『無限の未来』は、ピンクの衝立で4つのボックス状に仕切られており、入り口部分はそれぞれ赤いカーテンで覆われていた。
4つのボックス前には表札がわりのポスター貼っており、左から順に、手相と姓名判断・占星各種・タロットと水晶・無重力占い、となっている。
そのうち3つのボックス前には「相談中」の立て札が。
「けっこう人来るんだ……」
メイは誰に言うともなく呟いた。
モール内の理容室では長かった髪をバッサリ切ってもらい、モール内のリラクゼーションルームでは10分おためしコースで肩を重点的にほぐしてもらい、モール内のレストラン街ではすべての店でちょこちょこと飲食したメイである。
財布の中にはまだ、おろしたバイト代がたんまり入っている。
ここまで来たら全部の占いボックスに入る勢いだったのだが、空いているのは右端の「無重力占い」のみ。
相談しているうちに他のボックスも空くだろうと考え、メイはちょっとためらったあと、思いきり無重力占いのカーテンを開けた。
「し、失礼しま……、え?」
ボックスの中に占い師はいなかった。
あるのは椅子とテーブルとVRゴーグルだけ。
不思議に思ってVRゴーグルを手に取ったメイは、真横に説明ポスターが貼ってある事に気づいた。
「えっ……と? 無重力占いは日本初のAIによる占いです、下の機械に料金をお入れください、30秒後に始まります、5分で200円です……」
見るとテーブルの下に、黒く大きい機械が置いてある。投入口に200円を入れ、メイは椅子に座ってVRゴーグルを装着した。ヘッドホンも兼ねているようで、けっこうな大きさである。
しばらく待つとブーンという宇宙的な音。暗闇の中、目の前に、徐々に宇宙の映像が広がっていく。メイは思わず「おぉ……!」と声をあげた。
次に女性ボイスロイドのような、不自然な抑揚の声が響いた。
『アナタはコウダイなウチュウのナカにイマス……アナタのココロのナカをハキダシて……ウチュウはスベテをツツミコミます……』
メイはなかなかいいじゃんと思いつつ、視線を左右に動かしてみた。
暗闇のなか、星が限りなく続いている。
周りを気にせず何でも言えそうな雰囲気に、メイは首をかたむけて頬をポリポリと掻いた。
「えーっと、実は失恋しちゃってぇー…、なんか、ほかに好きな人ができたとかだったらまだ納得したんだけど……、なんか違う、みたいなこと言われて」
『――キーワード、シツレンをシュトクしました』
「まだ一年も経ってなかったのに、ひどいって思って……でも全然泣けなかったっていうか、本当に好きなら号泣するシーンだと思うんだけど……、実はそんなに好きじゃなかったんだなー…とか思い始めて……」
『――キーワード、イチネンをシュトクしました』
「でも彼……じゃなくて、元彼ー…、好きだったのになぁー…」
『――キーワード、カレー・スキをシュトクしました』
「えっ?」
次の瞬間、ぐわっと画面が動いた。星が回転しながら中央に収束したのちカッと光が差し込み、目の前が明るく白くなっていく。
ファ〜…という神が降臨の時に使うような音楽とともに、女神のシルエットが登場した。
『マトメマス。アナタはシツレンしてイチネンがタチマシタ』
「えっ、いや、」
『シカシ、カレーがスキでタチナオリつつアリマス』
「え、全然」
『ミライはムゲンです、アナタのミライはスコシづつアカルクなるでショウ』
「ん? んー…」
『アナタのミライにサチオオカランことを――』
ファ〜という音とともに女神は消え、フッと画面が暗闇に戻り、音楽も終了した。
メイはVRゴーグルを外すと、そっとテーブルの上に置いた。目をこすり、立ち上がる。カーテンをあけてボックスの外に出ると、まだ相談中の立て札は3つとも並んでいた。
しばらく、ボソボソ聞こえる相談の声に耳をかたむけていたが、
「……ふふっ、」
急に馬鹿らしくなり、メイは歩き出した。
元彼は、もっとカレーに似ているのだ。
カレーが好きで立ち直りつつあるという女神の言葉は、預言として受け止めておこうとメイは思った。
手始めにカレーを食べよう。
激辛の、元気が出るやつ。
ショッピングモールの外へ出るともう夜で、メイは帰りの駅方面へと歩き出す。踏切を渡りはじめると線路の奥がチカチカ光るのが見えた。
カレー屋だ。
「本格インドカレー」と書かれたのぼりと、原色のけばけばしたネオンがまたたいている。付き合っている間、元・彼氏とは一度も行ったことがなかった、未知の領域。
「……よしっ、」
メイは気合を入れて、店の扉をあけた。