■ コキアの銀貨と疲れた男 ■
疲れた男が、コキアの銀貨を右手に持ってアトカタの街へ行った。
雨季の手前。5節の19日のことだった。
男は濃い緑の左手をそっと街の入り口に置き、銀貨を手の甲にのせた。
知らない土地へと入る際の儀礼。それが、古く遠い国に残る習慣だということを街の人々は知っている。
中には知らない人もあり、物珍しそうに足をとめた。
歌い上げるのは、シイロノ神への恵みうた。
エンカラヤキ エンカラヤキ
クラリク ラル ソルシソシ
エンカラヤキ エンカラヤキ
クラリク レル ソルシロラ
ヘルヘムラヤナ リ ヘルヘムラヤナ
コリハ レト コリハロヤ
シントロヘトヤ ナ
最後に左手を勢いよく挙げ、コキアの銀貨を天に放る。銀貨の表が出たらこの街には良いことがあるという兆し。銀貨の裏が出たら、叶うものはないという予言。
地に落ちた銀貨は表を示し、歌をきいていたアトカタの街の住民はみな拍手で彼を迎え入れた。
彼の左手は緑色だ。けれど彼の手の色について積極的に噂する人はいない。シイロノ神の神託が良きことを示したあとで、旅人に危害を加えると天罰がくだると信じられているせいだった。しかし中には知らない人もあり、早く出て行けと直接言う住人もいた。
男は気にしなかった。
だが、とても疲れていた。
コキアの銀貨は他の銀貨と違って貨幣価値はそれほどない。 売買するのは呪術師くらいだったが、偶然アトカタの街には呪術師が住んでいた。銀貨を売り、その他持っていたものを売り、服を売り、髪の毛と爪を売った。得た銅貨を宿の部屋に持ち帰る。男は疲れていた。
翌日、雨が降った。
とうとう雨季のはじまりかとボヤきつつ、宿の女将さんが掃除をはじめた。ところが、緑の手の男が寝ている個室の扉を叩いても返事がない。不審に思い扉をあけると、旅人はもういなかった。雨が本格的に降りはじめる。女将さんは木窓をしめて部屋の掃除を続けた。
一年近くの雨季が明け、誰もが古く遠い国からの旅人を忘れた頃。
3節の23日。宿の庭から人骨が発見された。
その周囲を囲むように錆びた銅貨も発見された。彼の衣服や所持品を持っていた呪術師がまっさきに疑われたが、呪術師はシイロノ神の歌と彼の緑の手を思い出した。
呪術師の疑いがはれた理由は、シイロノ神のコキア銀貨が表を示した記憶だった。彼にとっては、死が、良きことであったのだろう、と。街の住民全員が思い至った。
数週間後。
かなしい旅人のためにと、アトカタの街のはずれに墓標がたてられた。
墓標のまわりには、シイロノ神の草である紫色の紫蘇と、彼の緑の手にちなんだ緑色の紫蘇が植えられた。
雨季がくれば、墓標を包むように生い茂るだろう。
■ コーク、アイスアウト。 ■
なにもかもがわからないことだらけだった。
週に一度の診察時に祐先生が、ぼそりと「コーク」と声に出すとき、おれはいつも、祐先生がコカ・コーラのことを言っているのかペプシのことを言っているのか、それとも誰か彼かコークというあだ名の付いた知り合いの事を言っているのか、よくわからずに困ったものだった。
祐先生の言葉の権力を借りて、おれは閉鎖病棟から出でまず、祐先生と一緒に暮らすことになった。
田中さん、田中さんはもう大丈夫ですが、半年くらい私と一緒に暮らして様子を見ましょう。もちろん、ここにも月に一度来なければいけませんが……、え? だって、そうでしょう。田中さんはなんといっても、所持金がないのですから。入院費も国から支給されていますし、当然貯金も底をついています。
なので、一緒に暮らしましょう。
おれはぜんぜん大丈夫じゃないよと祐先生に言うと、祐先生はズルイ笑顔を作って、横を向いた。
横にはカルテが吊るされていた。机の上に散らばった、他の患者のカルテとは別扱いのように、素っ気無く吊るされていたのであった。
祐先生はしばらくカルテを眺めたまま、田中さんは大丈夫ですと、もう一度言い、ここから出るのと私と暮らすのと、どちらがいいですかもちろん私と暮らす方ですよね、田中さん。
横を向いたまま言った。
わからないまま、おれは祐先生と暮らしはじめた。面倒な手続きは全て祐先生がやってくれた。途中、おれが大量の書類に名前だけ書き始めると、祐先生は横を向いて動かず、しばらくしてからおわりましたか田中さん、と声をかけた。
決意を秘めた横目だった。
おれは病棟にいる間、通りかかる祐先生の横顔を見るのが日課だった。
一緒に暮らし始めてからは、その横顔を見るのにさして苦労しないことがわかった。それが、なにもかもがわからなかったおれにとって、初めてわかったただひとつの事だった。
祐先生は、歩くときにいつも下のコンクリートばかりを見て歩いていく。コンクリートにはいくつかの切れ目があり、そこを踏むと不幸が起きるのですよというのが、祐先生の信じているいくつかのうちのひとつだった。
だからずっと見ていても、祐先生は視線に気づかないのだ。
おれは好きなだけ祐先生の横顔を見つつ、祐先生が切れ目の見すぎで電柱やら看板にぶつかるのを防いでいた。閉鎖病棟での関係とは、まるで正反対のようにそでを引くと祐先生は、下を見たままふらっとおれの隣に移動する。
我慢ならなくて何度も手を洗った。
強迫が出てますね、半年持ちますか? と祐先生が心配そうに言う。
自分で勝手に退院させたくせに。
おれはやっぱり祐先生の考えていることがわからなかった。
どこが「田中さんは大丈夫なんです」なのだか、本当に、全然、わからないのだ。
手を洗っている間に、勝手に夕日が祐先生の部屋にさしこんでくる。
そういう配置の部屋なのだ。
おれは祐先生と同居していた半年間、夕日の侵入を防ぐ手立てを、ついぞ思い浮かばなかった。今考えると、あの部屋にはわざとカーテンが吊るされていなかったのだ。
そうだ、祐先生は、雪を待っていたのだ。
☆
「今夜は寒いから、雪が降るかもしれませんね」
この生活にも慣れてきたころ、祐先生は言った。
丁度夕日にうんざりして、おれが浴槽の中でしゃがんで本を読んでいるときだった。だからたぶん、夜の五時半ころだと思う。
もしかしたら、もしかしたら、ねえ田中さん、エアコンの暖房を一杯にして窓を開けましょうか。いつ雪が降ってもいいように、今夜は、そうして寝ましょうよ、いいでしょう田中さん。
おれは、病院に居たころの診察と、ひとつも変わらない声で
「田中さん、」
と。
呼ばれた。
ここで雪が降ったらどうだ。降ったら、おれはなぜだか祐先生が、おれを名前で呼びはじめるような気がしていた。
それが、この世でわかったことの二つ目になりつつあった。
けれど結局。
その日は雪は降らなかった。
暦上では大寒なんですがねぇ、おかしいですねぇ、としきりに祐先生は言った。そしてその夜、おれは祐先生を殺したことになった。
今も覚えている。
あれは、降った雪がささやいたのだ。
祐先生はおれをやさしくしているのだ、だから殺せと。
なにがなんだかわからないうちに精神異常患者のレッテルをはられ、おれはまた、白い病室に戻らなければならなかった。けれど、月に一度の診察は、祐先生ではなくなった。
おれはどうして祐先生ではないのか、その医者らしき男に聞いてみのだが、男は何も答えなかった。
かわりに男は、おれに目を合わせて顔を近づけてきた。
その瞬間わかったのだ。
祐先生は、この男に変装して、また閉鎖病棟付の医者になったのだと。
男は無言でそう言っていた。
おれは処方された薬のリストを見てみた。祐先生と同じ処方だった。
そして確信したのだ。
あの海辺の部屋では雪は一度も降らなかったが、この山の上の、酷い閉鎖病棟では、雪が何度も見れるということに、祐先生は気がついたのだろう。
おれはそれだけわかれば、あとはなにもわからなくても平気だった。
祐先生と雪のために、夜、何度も窓を開けっぱなしにして眠ることができた。
けれど、その翌々日には必ず風邪をひいた。
祐先生が変装している男と会うことになった。相変わらず無言だった。
もう、俺のことは嫌いなのか、祐先生?
と、祐先生に尋ねたが、祐先生は何も言わず立ち上がった。横顔すら見せないまま、きびすをかえして診察室から居なくなった。
おれは、部屋に戻って泣いた。
おれはもしかしたら、祐先生のことが好きだったのかも知れなかった。
だが、今はまた、なにもわからなくなってしまった。
■ コインニャンドリー ■
■ QBOOKS 第48回 1000字バトル チャンピオン作品 ■
オーナーの男は、玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら採用ですと言った。
「あっ、ありがとうございます! それで、仕事ってあの、何をすれば良いんでしょうか……」
「募集要項にある通りですが、」
男が出入り口の貼り紙を指す。ガラスの引き戸には、白いテープで「タケカワコインランドリー」と書かれている。その隣に貼られた紙には、そっけない字で『猫と話をするだけの簡単なお仕事です。日当制・休日要相談』と書かれていた。
「とりあえず隅の椅子に座っていてください。今からでも大丈夫ですか? あ、そうですか。良かった助かります。じゃあ、今日はあと3時から、時給で数えときますから」
コインランドリーの壁にかけられた時計は2時53分を示している。男が立ち去ると同時に、ランドリーに一匹の猫が入ってきた。
珍しい色合い、三毛猫のオスだ。立ち止まり、玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら新人かいと聞いてきた。
「こっ、こんにちは! 玉田と申します、どうぞよろしく……」
「いや、構わん構わん。ところで、我の主人の洗濯物はどれかの?」
ランドリーには現在、複数台まわっている洗濯機がある。主人とやらの特徴を聞くと、どうやら、面接中に入ってきて右端の洗濯機をまわしていたオバサンの飼い猫のようだ。三毛猫がその台の前に腰を落ち着けると、今度は別な黒猫が入ってきた。
「私のご主人様は、今日は洗濯しているかしら?」
動いているのはあと二台あるが、玉田には見当がつかない。今日からの新人なもので、ちょっと分かりかねますと言うと、黒猫は優雅に首をかしげた。
「覗いてみてくださいません? 必ず白レースの靴下が入っているハズですわ」
回転している洗濯物をずいぶん眺めたが、どちらにも入っていない。それを告げると黒猫はしっぽを下げ、残念そうに去っていった……。
数週間働き、玉田はようやく気づいた。
近所の猫たちの間では、コインランドリーを自分の主人が使用していれば、ここで涼んで良いルールとなっているらしい。空調の効いた、白い壁の清潔なコインランドリーは大変居心地が良い。
たまに、主人が使用中でなくても居座るふてぶてしい猫もいる。そんな時には怯まずに追い出すのも、玉田の仕事に入っていた。
夕方7時の閉店時には、オーナーが日当を持ってやってくる。ありがたい事だ。開店は朝の8時で、それより後に来る場合は、前日に知らせるとその分の時給を引いてくれる。昼食は、オーナーが準備してくれた。
だんだん常連の猫たちとも顔見知りになり、猫集会の様子など、興味深い話も聞けるようになってきた。どうやら玉田にはこの仕事が合っているらしい。
今日も閉店の時間だ。オーナーがやってきた。暑そうに手で顔をあおいでいる。
「玉田さん、ずいぶん評判いいですよ。これからもよろしくお願いします。これ、ちょっとボーナスって事で」
ポケットから取り出されたのは、滅多に手に入らない高級猫缶である。
フタを開けた瞬間の、えもいわれぬ匂い。たまらず椅子から飛び降りがっつく茶猫の頭を、オーナーはよしよしとなでた。
■ この夜に君を埋葬す ■
羽田が西方の島の噂を知ったのはインターネットの掲示板からだった。
自然の写真を撮ることが趣味の羽田は、別世界のように美しいらしいと書かれた、ある島に興味をもったのである。
しかし、ちょっと遊びに行く程度の気概では到底たどり着けない場所に島はあった。
直行経路がないため、まず一番近い国まで飛んだ。通訳できる人間がその国にはいないため断念する。現地の言葉を勉強して一年、また飛んだ。交渉はさんざんな結果に終わり断念する。その国でのコネクションを構築するため移住したのが二年前。最初の一年はこつこつと現地で島の情報を入手し、船を持っている知り合いを何人も作った。しかし、島へ渡航するには波の関係で死を覚悟しなければならないらしい。国では新参者の羽田と、死をともにしたいという奇特な人間はいなかった。
覚悟できるモノ好きを探すため、更に半年。そして島に上陸したとたん住民に捕まり、解放されるまでに半年を要した。
どこを切り撮っても絵になる、青と緑と赤が織りなす美しい原色の島で羽田は、ひとりの少女に恋をした。
捕まっている間、食事を運んできてくれた少女だ。
地上の太陽に満遍なく焼けた小麦色の素肌と、海底に深く沈んだような色の瞳。さらさらと音をたてる砂のような含み笑いに、時々カリンと鳴る、貝で作られた耳飾り。解放されたのも少女のおかげだった。
だが、今は、少女は息絶えたまま羽田の前に横たわっている。
毒蛇に咬まれ熱を出し、あっけなく帰らぬ人となった。
星雲技師が、立ちつくしたままの羽田の肩をポンとたたいた。色鮮やかな染色の儀式服に身を包んだ老人は、いつもの人懐っこい笑みを羽田に向けた。しかし、いつもと違うのは、技師の眉毛が悲しみのあまり垂れさがっていることである。泣きそうな笑顔、とは彼のための言葉だろう。そう、羽田は思った。
技師が見上げる夜空は晴れ渡っていた。またたく幾千もの星の中で、彼女が眠るにふさわしい星を星雲技師が探しはじめ、島の住人達は輪になって少女と技師、羽田を見守り続けている。
老人が、祈りをとなえはじめた。少女の腹の上に花弁をおとす。星が決まった合図。かざされた杖。波の音。祈りは歌へと続き、しかし少女は起き上らない。あまりにやさしい子守唄が羽田の目を濡らした。彼女は起きない。起きないのだ。歌は高く、いつのまにか住人たちの合唱にかわった。すると少女の体がぼんやり光りはじめ、生命という白さが、たましいという光が全身を包んだ。それは体からこぼれ、ついに星となり、幾筋もの尾をひいて夜空へ飛び続ける。歌がすっかり終わると、横たわっていたはずの少女はもう、どこにもいなかった。
羽田は翌日の昼、島を出た。
もともと、撮りたいと思っていた写真は全て撮り終えていたのだ。未使用のネガもなくなっており、あとはいつ島を出るかという矢先の凶事であった。
夕方、島から国に戻った羽田は、タクシーで空港に向かった。
すぐさま空いている便に乗り込み、勢いのまま飛行機を数回乗り継いで、故郷の日本へと行くつもりだった。だが、空港に着き夜がはじまった空を見上げ羽田は見つけてしまう。
ひときわ輝く、美しい星を。
少女の星に違いなかった。わかってしまった……。
羽田は空港の玄関口で壁にもたれ、最終便の爆音が空に響き、消えさるまでじっと、夜空を眺め続けた。
■ 五千海ネオンフラクタル ■
「キスしていい? 今まで誰ともしたことない」
「……こんなもんだって、思いたいダケだよね」
「そう。怒ってる、」
「別に。いいよ」
「消毒を」
「ガムで」
「どうして」
「チョコとかアメとかジュースとかは、すぐ後味がブドウ糖になる」
「ふうん。梅味とか」
「買ってきな、200円やるよ、一応」
「一応ね」
「こんなもんだとしても、じゃあ上質レベルでこんなもんにしてやりたい」
「レベル」
「そう。それが生きていた時、未来で美化される」
「気づくのは」
「下質なキスを受けた時」
「価値は」
「少なくともこのキスは、上質なものだったという認識の改め」
「役立つ?」
「そうな、プライドだな」
「一生、下質なキスがなかったら」
「一生、認識されないだろうが実は上質なものなんだぜというプライド」
「ミエハリ」
「即物的」
「いや……」
「なに」
「死ぬほどのチャレンジ」
お前が生きていた人生で落としてきたいくつもの物質、もしくは性質、または気質、全部ぜんぶカギをかけて私が持っていると宣言されたため、少年は、本当は好きではなかった梅味のガムを、実はブルーベリーが好きでした。ただ、レモン味にだけはしたくなかったために、席を外し、戻ってきた時には女はそこに居なかった。
「気づいていた」
「なにを」
「レモン味のガムって、ない」
「それ、トイレから戻ってきた私に、告げ口するように言われても」
「飛べないくせに」
「お前もな」
「泳げないくせに」
「おっと、」
「え」
「お前が海を飛びさえすればこちらは空のゼロから沈むことができる」
「それって一生?」
「一時間」
「記録出し過ぎだし……。第一、告白するけれど僕も泳げない」
「知ってる」
「嘘、」
「ウソ」
アンタが人生で削ってきた身の錆び、もしくは言葉、または裏面、よけいなものを栄養にして生きてきた、と告白されたため、少女は大人という仮面をソいで少年に渡した。口の部分に梅味をつけて、カギのかからない鞄に閉じ込めてなにもかもが終わりです。けれど少年が次にまばたきをしたとき、少女は消えて喫茶店も失せていた。
そこにあったのは海だった。
梅と、海は似ている。
「僕は鳥だった。それも、飛べないし、翼のかわりに腕が二本あって、走るのすら苦手で、傷を負っている」
「残念、お前は魚だよ。それも、泳げないし、ヒレのかわりに脚が二本あって、息すらできず、喘いでいる」
「アンタは魚か? 沈むことができるから」
「残念、私は鳥だ。後ろを見ないから、飛んでいることに気付かないだけであって。鳴くことはできるのに」
ザ、ザ、ザ。
空のゼロから沈む。
息をしないでいいと、誰も許してくれない。
「雪を、一回だけ見たことがあった」
「ふうん」
「冷たいけれど、きくほど甘くなかった」
「雲だ」
「雨か」
「雨とは過去だ。未来は雪で、雲が白いのは、未来を連れてくるために。反射は、八方から」
「……黒い雨雲はどう説明するの」
「排気ガスじゃない?」
「ひどいな」
「今というのは唯一溶ける。瞬間。変換。変革。エンターキイを叩くまで。叩いて雨」
「未来を見ないで生きるには?」
「一年中青空なんてないだろ、」
だから空は嫌いだ。
鳥だけれど飛ばないのは、空が嫌いだからだ。
少女は憤慨し少年は男になった。仮面には口をつけずキレェなまま仕舞い、終いにのこりの梅味を、ピンクの眼滴のように地上に放り投げました。また、だ。血のように。けれどそれは血ではなかった。少女も、男も、ネオンのような深海の奥で皿になり、手をつながずに生きている。位置すら。
「まだいるの」
「居る。けど、話かけたとき限定」
「キスしていい?」
「ダメ」
「詐欺なの、」
「どうとでも。変革を行動に移さないと、スグ雨になるから。さ、ここはもう、ずっと夜だ」
「月、か?」
「フラクタルだったよ」
「笑える」
「鳴けなくてごめん」
息をしながらでも沈むことができるのを、どちらとも、言わずに光る。
地上は雨で、空は雪だというのに。