■ 復刻する岬 ■

■ QBOOKS 第59回 1000字バトル チャンピオン作品 ■

 気が済むまで、と自分に言い聞かせてから、もう、何年経ったか知れない。
 私の家は岬の手前にある。
 岬といっても、今は、ただの崖になってしまっている。
 引っ越してきた当初、映画に出てきそうな岬があそこに凛と佇んでいた。家の窓から毎日、美しい夕日が岬をオレンジ色に照らし、沈んでいった。
 しかし。私と妻がこの地に腰を落ち着けて2年後。妻は、あの岬から転落して死亡した。前日通過した台風の影響で、岬の先端に水が浸みわたっていたらしい。岬の先端が、立っていた妻もろとも崩れ落ちてしまったのだ。
 妻のいない岬ー…、ただの崖を、元通りにしようと思うまで、そう時間はかからなかった。
 通帳から現金をおろし、資材を調達しにホームセンターへ行く。岬は、既に木の骨組みができあがっている。あとは茶色の発泡パネルを上から貼り付け、土をかけるだけだ。
 と。パネルコーナーに続く通路で、ばったり林田さんに会った。
 よく家に来てくれる知人だ。岬を……妻との思い出を取り戻す話に共感してくれて、金銭の援助も申し出てくれた。
「友人に話したら興味を持ったようで……、来週あたり、伺っても良いですかね?」
 私は喜んだ。
 来週なら、もう岬は完成しているはずだ。
 今度こそ林田さんに、あの美しい景色を見せられるだろう。
 週末、私は薄く土をかぶせたが、いかにも人工物というのが見え見えで納得がいかない。ある地点から、いきなり鳥のくちばしのような茶色い三角錐がニョッキリのびているような……。
 私はガッカリしながら家に戻った。
 夕飯の準備をしつつ窓を見やると、夕闇の中、それでも崖はあの懐かしい岬に戻ったかのように見えた。
 そこへ。突然、ゆらめきながら、ひとつの影が現れた。
 目を疑う。
 人?
 まさか、妻か?
 窓を開け、大声で
「おい! そっちに行くんじゃない! そっちはハリボテだ、引き返せ!! やめろ行くな! そっ……」
 がらんがらんと音をたて、影とハリボテの岬は海に消え去った。

     ★

 次の週、林田さんから電話があった。友人の都合で行けなくなったが、援助金を振り込んだので確認してほしい、と。銀行で記帳すると、今度もまた大金が振り込まれていた。
 前も。
 その前も。
 夜の人影が岬を壊した後、必ず大金が振り込まれている事に、私は。もうとっくに……佐知子……。
 気が済むまでと強く言い聞かせ、私は資材を調達しに、ホームセンターへと足を向けた。

■ 深沢くんのチェザーレ ■

「深沢くんのチェザーレがたーべたーい!」
 ベッドに寝転がりながら、米地さんがうなる。
「チェザーレぇ!」
「それを言うなら、クリームパスタでしょう」
 ガラにもなく米国国旗のシーツを買った、昨日。白と黒で統一された僕のささやかなワンルームは、浮いたベッドの閲覧室と化している。
 僕の毎日に少しだけ生活感を与える寸胴鍋はとうに沸騰していて、米地さんがフィールドワークのお土産に買ってきてくれた小笠原諸島の塩を、少しだけ、多めにこぼしてしまった。
 首をかたむけてちらりと振り返る。
 赤。国旗の赤。ストライプの白に、青。四角く小さな青。白。星型の、幸せな外見だけのシーツの上に細い彼女の黒髪と、壊れそうな手首がひらり、舞った。
「深沢くぅーん、」
 米地さんの地声がひどいことを、僕は、よく知っていて、だから彼女は最近、裏声を効果的に使おうと苦心している。
「君には白が似合うよぉ、」
「……そうですね、」
 ピオ・チェザーレに出会うには、かなり頻繁に酒屋に通うしかない。
 高品質で、希少なワイン。
 けれどそれについては苦労はしなかった。
 インターネットで届けてもらうほど僕は毎日のようにワインを欲しているわけではなかったし、第一、僕の好みを知っている米地さんは、何ヶ月かに一度、自分がクリームパスタを食べたいときにだけ彼女の、バイト先の酒屋の、ワイン棚の、一番上に一本だけチェザーレを並べた。
 それはもう、僕にしかわからないほど、ひかえめに。
 できあがったクリームパスタの上に少しだけ粉チーズをふりかけ僕は、一万円のチェザーレバローロの栓を、抜きにかかる。
 うやうやしく正座をし、中指と薬指の間にキスをたむけオープナーを押しひねる。指の間が湿っていた方が、引っ張るときに何かと都合がいい。
「深沢くんて、まるで愛しているみたいに栓を、抜くね」
 そうですよ。米地さん。僕は、このワインを愛しているんです。
 栓を抜いた瞬間、僕は、眠っていた赤子を背後から、予告なく、ひどく殺してしまったような……そんな気に、いつもなるんです。まだ、
「……抜けましたよ。いただきます」
 このバローロなら、あと三年は眠ってたって良いのに。
「おーいしーい! やっぱり深沢くんのが一等美味しい」
 いつも白だ黒だとわめきたてる彼女にあてたちょっとした反抗は、不発に終わった。彼女はシーツをいたく気に入り、いつも通りのペースでパスタを食べ、僕の頬に少しだけ指を滑らせたあと笑顔で帰っていった。
 僕はというと思い切り勢いをつけてシーツはがし、ゴミ袋に押し入れた。
 一晩使って捨てたものとしては、過去最高の値段。
「七千、八百円か」
 米地さんがチェザーレを棚に並べるときは、心にひどい傷を負っているときなのだということを、僕は、本当は、ずいぶんと前から気づいる。
 それなのに、なぜだか、抜いたワインに向ける罪悪感のような胸のうねりを、米地さんに向ける気には……そうだ、かわりに教えよう。
 今度彼女に会ったら、耳元で小さく教えてあげよう。
 モノトーンに戻った僕の小さな部屋。この黒いベッドの下には、あなたが産んで僕が殺した、チェザーレの、緑の壜の墓場がある。

■ ブラックホール ■

 ある昼、失踪したあなたを探して私も失踪した。
 とてもあたたかい日だった。
 小鳥のかわりに車の排気管がうなり鳴いて、そよ風は草のかわりに人間のすきまを歩いてた。
 ひょいと電車に乗って、思いついたように携帯電話の電源を切った。見回すと私をのぞく全員がうつむいて、携帯電話のディスプレイを熱心にみつめている。
 ためしに私はニッコリ笑ってみた。
 私、これから失踪するんです。その携帯電話で、警察に電話してもいいんですよ。ハードルが高かったら命の電話とか、役所の生活課とかでもいいんですよー!
 誰も顔をあげず、失踪は成功した。
 ガタンと揺れる電車の中でバランスをとりつつ、私は財布の中身を確認する。残金、4万3千218円。
 そのうちの1万円は昨日、カツトシさんからもらった新札だった。これで美味いモンでも食ってさ、アイツの事なんか忘れちまえ、ってくれた。
 ごめんねカツトシさん。
 とにかく最初は都心から離れることが重要で、特に、降りるとき窓口を通らない事。そこそこの金額ぶんの切符を購入して、後で精算機で追加料金ぶんを精算すればいい。監視カメラでの発見が遅れるだろう。
 そんな事をない頭で考え、私はとりあえず北へ向かった。なぜだか、北にいるような気がしている。いっそう揺れた。
 頭に、体全体を、次に靴を、ヒザを、細い腰を、骨ばった手を、胸を、顔を、思い浮かべる。あの人の目はブラックホールのようにまっくろだった。
 ある日それを伝えると、あの人は唇のはしから笑って
「ブラックホール?」
 聞き返した。
 われながらよく覚えている、でも、こんなに強く、あざやかに再生されたのは、はじめて。
「よく、死んだ魚の目だって言われるけど、いい例えだね、それ」
 私の心に花が咲き、いつのまにかやさしい褒め言葉に、あの人に、すっかり夢中になっていた。数ヵ月後、あいつには妻も子供もいるんだとカツトシさんが苦しげに進言し、失踪したのは選べなかったからだと、無理に信じてヤケ酒した。バカなんだ。花が、枯れてくれない。
 知らない駅で降りて、歩いて、天気がよくて、歩いて、歩いて、見えたラブホテルで少し休憩した。
「連れが、あとから来るんですけど大丈夫ですか?」
 受付のすりガラスの向こうで泥のような声が「大丈夫です」と言った。来るわけないのに。
 赤い色の部屋で、ほのかに照らされたベッドに飛び乗る。ふかふか。大の字になってぼんやりしていると、急に現実がおしよせてきて、あ、今誰か探しているのかな、会社、どうしよう午後の業務、冷蔵庫に昨日の残り物入れっぱなしだったし録画したドラマまだ見てない……。
 たまらなくなって、ベッドサイドの照明調節をいじり全消灯のボタンを押した。どこもかしこもまっくらな中、わたしは彼と繋がる。
 ブラックホール。
 あの人がここに来ることはないし、明日にはきっと、失踪ごっこも終わり。もう、吸い込まれて、戻る方法がわからなくなればいいのに。

■ 二人の物語は……。 ■

 黄金色の満月に反射して、薄い白波が光った。
 まるで物語のエンディングのように、二人は海辺で静かなKissを交わす。何度も。何度も。お互いの存在を確かめ合うように、ゆっくりと。
 ――あぁ、もう私たちを縛るものは何もない。
 彼女は幸せそうに頬を赤らめた。
 ……そうだね、これからは、ずっと、ずっと一緒だよ。
 彼はその鳶色の瞳を細めて言った。
 しかし、彼の瞳の中にある迷いを、彼女は幸せすぎて見つけることができなかった。これから二人はー……。

     ★

「あーッ!! できないよぉ!!」
 バンバンと机を叩く鉱石に、今回鉱石の担当編集者になった江川はビビった。
「そ、そんなコト言われてもですねぇ……」
 ぼそぼそと言葉を濁す江川。鉱石はそんな頼りない編集者を一瞥して、またワープロの画面に見入った。
 ココは某有名ホテルのスウィートルーム。星野鉱石(実は本名)は、毎度のことながら〆切やぶり二週間目に突入していた。そして毎度のことながら、このホテルに缶詰めとなっている。
 星野鉱石といえば、知る人ぞ知る純恋愛ファンタジー系小説の大御所……なのだが。
「はー、超サイアクぅ〜。えがっちゃぁん、脱稿したらスタバ連れてってェー」
「その前に原稿あげて下さいよ……」
 江川のぼそぼそとした反論に、鉱石は耳をかさなかった。
「だいたいにしてさぁ、えがっちゃんが家に来るのが遅いからさぁ……」
「そんなー…」
 加納文庫編集社では敏腕と呼ばれる江川も、鉱石の前では形無しである。江川はため息(何回ついたかもぉ忘れた)をついて、鉱石に言った。
「いいですか、星野さ」
「鉱石でいいって」
「……はぁ、では、鉱石さん。この二人の物語は、あなたが書かなきゃ続かないんですよ? ハッピーエンドにするも、バッドエンドにするも」
「トゥルーエンドの予定なんだケド」
「えっ、はぁ、まぁ、それでも良いですが、とにかくですねぇ、早く書かないと二人が可哀想じゃないですか」
 一刻も早く、二人をどうにかしてあげて下さい。と、江川は続けた。
「……そうかな」
「そうですよ!」
「う〜ん……」
 鉱石はしばらく「考える人」のポーズをとり、それから、何時間ぶりかにキーボードへ手を滑らせた。
「……そして……うん、ココは、あー…この人はそうそう、そうしてくれると……じゃぁこっちは……」
 ぶつぶつと物語の構成を考える鉱石の声に、江川は安堵のため息をもらす。

     ★

「できたー!!」
 バンザイのかっこうで鉱石が叫ぶと、ソファでうたた寝をしていた江川は勢いよく立ち上がり、
「本当ですか?!!」
 と、鉱石に駆け寄った。
 鉱石は久方ぶりに太陽の光を浴びようかとカーテンを開けたが、そこはすでにネオンの宝石箱。東京の、まぶしすぎる夜。
 江川はディスプレイの文字の羅列を見ながらそうだ! と鉱石に向き直った。
「プリントアウトし」
「してるよ」
「あ、はぁ、ありがとうございます」
 今まで、直筆の原稿しか取り扱ったことのない江川は、本当はプリントアウトの仕方なぞ分からないのだが。
「ふぅ〜、やっと吸えるぅ」
 鉱石は窓辺に灰皿を持っていき、タバコに火をつけた。
「約束どうりスターバックス、連れてってね」
 ふぅー…と、煙を吐き出した後、鉱石は夜を眺めながら
「……そうだ。えがっちゃんは、恋人居るの?」
 答えなくてもイイけどね。と、鉱石はつけたした。
「妻がいますけど」
 即答した江川に、鉱石は「えぇ〜?!」と不満そうに顔をしかめる。
「なんだ……てっきり独身だと思ったのに。じゃぁSEXは明日にお預けだなぁー…」
「は?!」
 素っ頓狂な声をあげた江川に、鉱石はまた顔をしかめた。
「え、なに? なんか変なコト言ったっけ」
「いえ……その、純愛をテーマにする星野さ」
「鉱石でいいって」
「はぁ、まぁ、その、鉱石さんが、タバコ吸ったり、そういうコトを口にするなんて」
「驚きってワケ?」
 鉱石は「アハハハ」と笑って言った。
「えがっちゃん、それ、受けるわー!」
「す……すみません……」
「いいって。じゃぁ、アレなん? えがっちゃんは、純愛小説を書く人は純愛してなきゃいけないと思うワケ?」
「いっ、いえ! そういうワケでは……」
 恐縮する江川に、鉱石はフッと決めポーズをとって言った。
「純愛を望んでいる人は、既に純愛なんかできそうにもない奴に限ってるからね。書く人も、買う人も、読む人も、みんなさ! みんな、純粋な愛だの恋だのとうたってさ、現実なんて酷いものだよ。本当は、心の中ではエロいコトしたいって思ってるンだよ。Kiss止まりじゃつまんないって、みんな思ってるンだよ! 例外なんてない」
「………」
「今からSEXする?」
「いえッッ!!」
「ふーん、そう……」
 鉱石はタバコを灰皿に押し付けて、ベッドに倒れこんだ。
「えがっちゃん、襲わないでね。おやすみー…」

■ 深い夜に出会う人 ■

 はかない土曜の午前二時。
 恋を、しました。
 ――ところで私は知らなかったのですが、土曜の午前二時というのは往々にして不思議な出来事があるそうで、それは例えば自動販売機に入れた硬貨が何回入れてもカロンと落ちてきたり。酔って泥酔している女性のハイヒールを踏みつけて転んでしまったり。そのうえヒールの、あの、この細高くなっている部分が折れたり。懸命に呼びかけた女性が薄目をあけたと思ったら
「血が足りない」
 とつぶやいたり。そういう事です。
「血、ですか?」
「そう」
「あぁ残念です、パウチは家に……ト、トマトジュースでも?」
「何だっていい、水分が足りない」
 見ればみるほど美しいひとです。
 青ざめた肌も薄いくちびるも巻き上げて留めた髪も自販機のライトで深緑に染まるワイシャツの、透けるようなシワときたら。
 ゴクリ、喉が鳴ります。
 そういえば私も水分がほしくて外に出たのでした。
 たまに、あるじゃあないですか。水以外の、印象的な味がある水分がほしいとき。それを思うと日本の自動販売機ほど素晴らしいものはありません。なんてったって、道のそこかしこにあって。ちゃんと動くし、お釣りもしっかり出てきます。
 そこまで考えもう一度硬貨を入れようとしたとき、手に持っているのが前の国のコインだという事に、ようやく気付きました。
「あの! そこで待っていてください、財布は家に……」
「これ、」
「え?」
「これ!」
 女性がポーチから出したのは、小さな袋のような財布です。開け方がわからずひっくり返したりしていると、女性は舌打ちをして金属のツマミをひねって開けてくれました。
 水のボタンを押し、ゴトンと落ちるペットボトル。間髪入れず私の手からひったくり一気に飲み干したと思ったら、女性はそのままパタリと顔を伏せ、眠ってしまいました。
 もう何だかどうしようもありません。このまま誰かに襲われでもしたら、それこそ後味が悪い……。仕方なく、私は女性を引きずりアパートまで戻りました。
 一階だったのが幸いです。ドアを開け、玄関とドアの間に女性をはさんでから毛布とまくらを持ってきて、玄関に簡易ベッドを作りました。女性の肩をたたきます。
「すみません、あの―…、ドアは開けたままにしますので、どうか、」
 女性は眉間にシワをよせて毛布を確認すると、すぐにくるまり寝息をたてはじめました。
 ドアを開けたまま、私は細い廊下に体育座りをして、女性を隅から隅までながめます。また思う。心から。なんて、美しい。
 私は今まで、一目惚れというモノを都市伝説かなにかのように思ってきましたがまさか、こんな事態に……考えてみると、父も祖母も、私の家系の人間は、一目惚れで相手を選んだ人たちばかりです。あの人たちはみなラテンの血が濃く入っているので、常時のテンションからしても、あぁ、まったく、おかしいのだとばかり……。
 また喉が鳴り、私は水道の水をがぶ飲みしました。変な気を起こしてはいけないと思いつつも、女性の、あの少し低く、甘たるい声を反芻してしまいます。
 ――血が足りない。
 血?
 私にだって血が足りない。慢性的な血液不足。なけなしのパウチはあとひとつで、トマトジュースも、安い店で箱買いしたのがあと5缶だけ。泥酔していて意識が無い女性。少しだけなら飲んで良いのでは? 血を、いただいても。ほんの迷惑料で。きっととろけるような味が……突然。ニュルッと牙が伸びてきました。
「あ、」
 いけない、いけない。平常心。平常心を取り戻すのです、私。
 牙を仕舞おうと目をつぶり、祈るように手を合わせた私の耳に、ガチャンと金属音が聞こえました。ハッと目を開けるとそこには女性の顔があり、妙な感触に下を見ると両腕に手錠がかけられています。
 牙が仕舞いきれておらず「あわ…あなはわ……」と驚く私に、女性は満面の笑みをうかべて手帳を取り出しました。開かれる。
 公認エクソシストのエンブレム。
「正体を現したわね吸血鬼。張り込んでた甲斐があった!」
 バシャリと水をかけられ、得意げに「聖水よ」と言われました。
「ん、これで霧や砂になれないハズ。じゃあ教会に連絡を……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 ようやく牙が短くなったので、私は抗議しました。
「私は吸血鬼じゃありません! 血筋でいうとクォーターで、半分以上が人間です、霧になんてなれませんし、ちょっと貧血ぎみなだけで、血なんか吸わなくても生活できますから!」
「でも今、血を吸おうとしたでしょう?」
 言葉に詰まります。
 私にとって血は嗜好品、高級な酒と同じで、飲めば少しだけ幸せな気分にひたれるものです。けれど、男や既婚女性の血などはマズくて飲めたものではありません。あのひとつだけのパウチも、病院から認可を受け、特別に譲り受けた少女のものでー…。
 ん? ということは……、私が飲みたいと感じた理由は……、
「あの……ひとつ伺っても?」
「なに?」
 ドアを開け放ったまま外に立ち、携帯電話での通話を終えた女性がこちらを見ました。
「もしかして、そのご年齢で、処女でいらっしゃる……?」
 月に照らされた青白い肌が、サッと赤く染まります。あぁなんて美し
「――ぶッ!!」
 平手打ちに倒れ、次に気付いた時には教会でした。気分はどうかねと聞かれ、教会内なので少し具合が悪い程度ですと答えた後、神父様とお茶をして日の出とともにアッサリ開放されました。
 帰り際に渡された名刺は彼女のものです。神父様がくれました。
「あの子、君の熱心なストーカーでね。ワタシが言うのもなんだが、エクソシストなんて割りに合わない職はやめて、結婚しても構わないと思っているのだよ。君、しっかり社会人だし、アタックしてみたらどうかね? ん? まぁ周囲に潜んでると思うから探してみなさい」
 もらった日傘を回す。次にいつ会えるのか、楽しみになってきました。