■ 返品!七月光線銃 ■
女子っつうのは小物が好きだ。
毎回毎回買い物のたびに「えーチョット何これカ〜ワ〜イ〜〜ィ」とか言いながら、色おかしいぬいぐるみだとか変な茶色の置物だとか、また買うのかって聞けば「いーじゃん自分で稼いだお金だし」と口をとがらせながら大事そうに抱きしめる。
お互いの部屋からはみ出して共同のリビングに侵食してきた小物に辟易して、俺は久々にルリと約束事を作った。
小物は、1個買ったら1個捨てる。
「えェー?! どれ捨てればいいかワカンナイよー」
「これでいいだろ」
黄色のサル人形を持ち上げると
「ダメ! それ限定品でめっちゃ高かったんだから!」
「じゃこれ」
ケーキ型のキャンドルを持ち上げれば
「やだやだ! それシャルミのスカート買ったら貰える非売品なの!」
「はぁ……? じゃこっち」
カップラーメンが印刷されているミニクッションを持ち上げる。
「ダメだって!!」
ルリは俺の手からクッションをひったくると、ぎゅうっと抱きしめ頬をふくらませた。
「じゃあ何ならいいんだよ。ルリ、約束したよな? 一個買ったら?」
「……いっこすてる…」
ルリはのっそりぼてぼて歩いて自分の部屋に入って行った。しばらくガチャガチャ音がして、次に部屋から出てきた時、ルリは両手に細長い紙箱を抱えていた。
長さは30センチほどで、紙は古く色あせている。レトロな惑星の模様が印刷されているそこに、活版印刷風のかすれた字で『七月光線銃』と書かれていた。
「なにこれ」
「……コーセンジュー。ゆーくん返品してきて」
「何で俺が」
「ゆーくんが言ったんでしょ! 1個買ったら1個すててって!!」
「なにキレてんだよ」
「キレてない!!! もう知らないもん!」
ルリは顔を真っ赤にして俺にその箱を押し付け、自分の部屋に走って逃げた。
――バン!!
急に静まり返ったリビングで、俺はなんとはなしにその箱を開けてみた。中には黒い拳銃。バレルがやたらと長い。プラスチックの光沢感。持ち上げると軽く、引き金はカチカチと高く鳴った。もちろん弾は出ないし、むしろ弾を入れる場所すらない。おもちゃ。箱の底には小さな説明書が入っていたが、読む気もなく銃を戻してフタを閉じた。
「ルリー。これどこで買ったんだー? レシートはー?」
――チャラン♪
答えのかわりにLINEのアラームが鳴る。地図とレシートの写真だ。
「……はぁ」
俺はため息をついてコートを羽織った。どうせ外に出る用事があるんだ。ついでに立ち寄ってさっさと返品するに限る。
銀座駅に着いてから検索マップを立ち上げる。地図が示した通りに裏通りを進み、少し狭い路地を曲がると、板チョコレートのような扉にたどり着いた。ちいさな銀紙の看板に『シルボア・ムーン商会』と書かれている。
扉を開けると中は異様に暗く、俺はしばらく目を慣らしてから店内に足を踏み込んだ。
古い木の臭い。理科の実験で使うような硝子器具や、ちいさな仕切りに入った鉱石なんかを横目に、真っすぐカウンターへと向かう。が、あいにく店員は不在のようだった。銀の呼び鈴を押す。チン、と高い音が店内に響いた。
カウンターの奥にかけられた古い世界地図の絨毯。その下には、木箱入りの懐中時計が置かれている。横には巨大なタイプライター。それも年代を感じさせる代物で、いかにもルリが好みそうな店だと納得した。
「――お待たせいたしました、いらっしゃいませ」
出てきた店員にも驚いた。黒のフロックコートに身を包んだ美少年。ストレートの黒髪を銀のリボンで束ねている。しばらく呆然と眺めてしまったが、気を取り直して俺は例の紙箱をカウンターの上に置いた。
「返品をお願いします。これレシートの写真です」
美少年はじっと箱を見つめ、それからLINEの写真を見つめ、ついと顔をあげて目線を俺に合わせた。
「失礼ですがー…、お買い上げいただいたのは、女性の方だったと記憶しておりますが……」
「家族です。風邪をひいてしまって、俺がかわりに」
その少年はしばらく考え、勿体ないからしばらく持ってみませんかと持ち掛けてきた。
「この銃は月光と共に想い出を吸い取り、引き金を引くとお好きな暗闇に七色の夢を照らすものです。今月は曇り空が多いので、よろしければ春の晴れた夜にでもお試しいただいて、それから返品という事でも」
「ソーラー充電の懐中電灯って事なら、間に合ってるんで」
店員の美少年は困ったような顔で笑い、現金を取り出した。
「では、こちらの商品はしばらくお取り置きしておりますので、もし再度ご購入をご希望であればお越しください、とお伝えください」
俺は店を出た。
なんだか不思議な雰囲気を醸し出していたが、あれはそういう演出で、ルリみたいな何も知らない小物好き女子は喜んで騙されるのだろう。まあ俺は引っかからないけどな。
――そんな事があったと思い出したのは、ルリの遺品を整理していた8月の夕方だった。
あっけない事故死で、部屋の小物はそのままあるのにルリだけが居ないのはどう考えてもおかしいから、俺は小物を全部捨てようとゴミ袋にぶち込み続けていた。
3袋目に入った所で、見覚えのある紙箱が出てきたのだ。レトロな印字の『七月光線銃』……。俺はなんとはなしに箱を開け、黒い銃を持ってみた。箱の底の説明書を片手でめくると、月光とともに想い出を閉じ込め、引き金を引いて映写する、という説明がカタカナで書かれていた。
カチッ。
壁に向かって引き金を引く。
しばらく待ってみても、再度引き金を引いても、何も起こらない。
ただ、あの時のルリの怒った顔が鮮やかに浮かんできて、仲直りのためにケーキ買って帰ったんだよなぁとか、それが返品の金だって気づいたルリがもう一回怒ったりとか……、それで…それから……ルリ…。
部屋はもう薄暗く、月のかわりにネオンが涙でゆらめいている。