■ 鈴木さんにヨロシク(連載中) ■
■ 1 鈴木太郎の放課後 ■
ハイテク、ハイテク。
こんなに世の中便利になったっていうのに、人ってのは更に上を目指すんだ。アホじゃねーのか?
俺、鈴木太郎。17才。
昔からのオールドファッションな名前! そのまんま「スズキタロウ」って読んでくれ。
はぁ……。この名前のおかげで、昔から散ッ々からかわれてきたんだ。市役所の見本にも、交通安全の冊子にも、全部ぜーんぶ鈴木太郎。
だから、ほら、あの、マイナンバーってやつ? 俺大歓迎だったんだ。チョット長いのがたまにキズだけど、みんなコードネームになれば、もう「鈴木太郎」でからかわれなくて済む。
が。
しかし。
みんなコードネームで呼び合うなんて、未来SFな様を想像していた俺はバカ。施行された今でも、みーんな鈴木、鈴木、鈴木。
あー! くそっ。鈴木って呼ぶな!
日本、鈴木多すぎなんだよ!!
★
「お−い、すーずきぃー…」
今日もまた、誰かが俺を呼んでいる。いや、俺じゃない。なんてったって、1日のうち90パーセント以上が間違いだからな。
それというのも、俺が通っているこの高校に原因がある。これでもかっていうぐらい「鈴木人口」が多いんだ。
やたらと多い。
まだまだ多い。
全校生徒の八割は苗字が鈴木だ。キチンとした統計を出したワケじゃないけれど、俺には確信がある。
俺のクラスの半分以上は鈴木だし、隣のクラスも、ほぼ鈴木。俺が所属している委員会も全員鈴木だ。
そんなワケで、学校では「鈴木」という言葉には極力反応しないことが暗黙のルールになっている。
先生でさえそうだ。名簿の3番目から、鈴木ばかりが名を連ねる。そのうち、どの鈴木を呼んでんのか、ワケわかんなくなるからさ。
皆、苗字じゃなくて名前やあだ名で呼び合っている。
「おーい、すずきってばー」
夕焼けの廊下にパタパタと鳴り続ける足音。俺は特に反応せず玄関に向かって歩き続けた。
まったく、誰だよ鈴木なんて呼んでるヤツ。鈴木って、俺の前を歩いているあいつのことか? それともあの女子か? 誰も反応しないところを見ると、全員が鈴木みたいだ。あの子だろうか、それともあの坊主野郎か、それともー…。
「すずきー!」
アホじゃん。
ま、どっちみち俺は振り向かないけど。
「お前だよ!! バカすずき!!」
「――ッ?!」
バコン!
盛大な音ともに、後頭部に激痛が走る。
「ってぇー…」
かがみこんで頭を抑える俺におかまいなく、声の主は俺の肩をバシバシ叩きはじめた。
「お前、スズキタロウだろ? やっと見つけたよ。あーぁ、まったく!どれだけ探しても見つからないと思ってたら、お前帰宅部だったんだもんなー。作戦変更して探して良かった。まぁイイや。ゲームの事は知ってるだろ、いちども参加したコトないのなんてお前ぐらいだぜ? だからさ、ゲームに強制参加させてやるよ。あはははは、アタシってばチョー頭イイね! アタシが始め。終わりの鈴木までちゃんと伝えろよ……」
早口にまくしたてた後で急に静かになったもんだから、俺は痛む頭をさすりながら顔をもち上げた。
仁王立ちしている足から、黒いソックス。青いスカート。胸の上で踊る、茶色の髪。オレンジの首筋。小さな、でもカワイイ顔。夕日に反射して、その大きな瞳の奥まで太陽が浮かんでいる。
こんな子、この学校に居たっけか……?
俺がその姿に見とれて、声も出せないでいると、彼女の、これまたオレンジ色の唇は、とてもとても可愛く、キュッとつりあがった。
「――鈴木さんにヨロシク!!」
彼女は満面の笑みでそう言って、それから廊下をすごい勢いで走っていった。あっという間に姿が見えなくなる。
俺は、かがませていた腰を浮かして立ち上がり、呆然としたまま、オレンジ色の彼女の言葉を反芻した。
「……鈴木さんに…ヨロシク?」
★
「あぁ……お願いだから…静かにして頂戴……」
鈴木ミサト先生のか細い声は、全然耳に入って来ない。今は現文の時間なんだけど、先生が弱すぎて休み時間の延長になっている。
俺は、椅子の背もたれが前になるように座って、クラスメイトの鈴木竹市と向かい合っていた。昨日のできごとを話すためだ。
「タロ、その女は確かに「鈴木さんにヨロシク」って言ったんだな?」
竹市は念を押して俺に尋ねる。
こいつは、俺のことを「タロ」と呼ぶのがクセになっている。タロウがタローになりタロだ。名前を呼ばれるたび、タロイモを思い出すのはナイショだ。
「おう。間違いない」
俺は、とりあえず深刻そうな顔をして答えてみた。鈴木さんにヨロシクという言葉が、ただの発言なら「カワイイけど変な女」に目をつけられたことになるし、意味深な言葉なら、なおさら嫌な事態に陥る。
竹市は、俺に負けず劣らずの深刻そうな顔で、ため息をついてペンシルを放り投げた。コロンとノートの上に転がる。
「タロお前……面倒なゲームに巻き込まれたな。面倒かどうかは、まぁ、お前が決める事なんだけど。俺はいやだなー。経験あるけど」
「ゲーム?」
そういえば、昨日の彼女も「ゲーム」がどうたらこうたらと喋っていたようないないような……。
「え、お前……知らねぇの?」
「知らねー。俺帰宅部だし。友達いねーし」
竹市は頷き「あぁ、だからか」と腕を組み、ニヤリと笑った。
「鈴木さんゲームの始まりなのに、のんびりしてるのはお前位だよ」
■ 2 鈴木さんゲーム説明 ■
「――は?」
「だから、鈴木さんゲーム」
「は??!!」
「だーかーらー、鈴木さんゲームだって。お前、声でかいよ」
何だよその「鈴木さんゲーム」って!
竹市はしきりに、だよなぁ誰だって慌てるのに、一瞬タロがすんげぇ手馴れてると思った、なーんだ、そういうことかアハハー、なんて一人言を呟いている。
俺の頭の上には、鈴木さんゲームという文字がピヨピヨ小躍りをしながらまわっている。
鈴木さんゲーム。
ピヨピヨ。
鈴木さんゲーム。
ピヨピヨピヨ。
「あ。でも、近頃は略して『Sゲーム』って呼んでる人が増えてるみたいだけどー…」
「んなコトはどうでもイイんだよ! 何だよそのゲームってー…え?」
ちょっと待て。
冷静になれ、俺。
「巻き込まれたって……言ったよな?」
ドクン、と心臓がうなる。
……まさか。
「もしかして、」
まさか!?
「もしかしなくても、もうゲームは始まってるんだよ。しかも、お前中心で」
ウソだろー??!!
ドンッ!
「冗談よせよ。オレがゲーム苦手だって事ぐらい分かってるだろ?!」
オレは机を拳で叩いた。
はずみで竹市の筆箱が床に落ちる。
「俺に八つ当たりすんなよ。とりあえず、ルールぐらいは教えてやれるからさ」
竹市は筆箱を拾って机に置き直してから、ペンシルでノートに「ゲームのルール」と書き始めた。
「書いといてやるから、分からなかったら読み返せよ」
鈴木さんゲーム。
一番最初にはじめたのは、前の代の生徒会長らしい。俺も覚えてる。ストレートの黒髪と、ハキハキした口調。あんな真面目に見えた会長が……幻滅だ。ま、卒業してしまった人に幻滅もなんもねーけど……ハハ。
まずルールを最も単純化すると、伝言ゲームらしい。「始めの鈴木」と「終わりの鈴木」が居て、始めの鈴木は終わりの鈴木にある言葉を伝言しなければならない。けれど、直接言えない言葉らしい。
そのために考えた伝言用暗号が「鈴木さんにヨロシク」というわけだ。
ちなみに苗字が鈴木以外の人には、この伝言用暗号は言ってはいけないことになっている。だから、苗字が鈴木以外の人は最初からゲームに参加できない。
鈴木人口の多い、この高校だからこそできる、学校まるまる使った、竹市曰く「当事者以外はわくわくする」ゲームなんだそうだ。
で、始めの鈴木に伝言された鈴木(仮に中間鈴木としておこう)は、始めの鈴木のかわりに、どうにかして「終わりの鈴木」を探さなければいけない。そして終わりの鈴木を見つけた時とる行動はただひとつ。
ヨロシクと伝言をすればいい。
それでゲームセット。
けれど、学校中探して「終わりの鈴木」を一発で見つけるのは、困難を極める。そりゃそうだ。この学校の中に、何百人の鈴木が居ると思ってるんだよ。
たいていの鈴木は、自分に何の心当たりもない場合は「ヨロシク」と返事をする。それが偽鈴木の合図。
ゲーム自体を知らない奴だと「はぁ?」という返事になる。俺はコレの典型タイプだったわけで、結果、中間鈴木を無言で引き受ける形になった。
あの夕日色の女の子は、始めの鈴木だったらしい。
確かにそう言っていたような言わなかったようなー…。
「それが、巻き込まれたってことだよ、タロ。わかった?」
竹市はその爽やかな笑顔でもって、俺を蔑んだ。
え、なにそれ。そんなに嫌な役なのか? だったら「中間鈴木」なんて、皆、やりたがらないんじゃないか? と言ってみたが、周囲の目が温かくなるのと、どの学年のどの異性にも声をかけやすくなるっていうメリットがあるから、やりたい奴も結構多いと竹市は言う。
それが出会いで付き合いだした鈴木カップルも多いらしい。
中間鈴木を引き受ける人が居た場合には、伝言を言うと「伝えておくよ」という返事をもらえるそうだ。そうしたら今の自分の役目は終わり。
あとは、そいつを見守って終わりの鈴木まで見届けるのも良し、無関係を装うのもよし、とにかく、退屈な日常に刺激を加えるいいチャンスって感じだ。
「つまり立場的に俺は今、中間鈴木ってコトか……?」
「まぁ、そうなるな」
このゲームでは、たいてい「始めの鈴木」が居るクラスと「終わりの鈴木」が居るクラス、もしくはその2人の居る委員会や部活なんかの人々全員に、あらかじめ正体が知れ渡っている。なんて規模の大きいグルだ。
だからこそ、ゲーム自体が「かぶる」なんてことはない。ゲームの始まりと終わりは、LINEだかなんだかで全校生徒にかけめぐる。普段根暗な奴が中間鈴木をやり始めれば、一躍人気者になることさえある。
けれど、ゲームの期間はかなり短い。境界線さえ発見できれば、あとは時間の問題だと竹市は言う。
「終わりの鈴木が居るクラスは、返事が違うんだ」
そう。「終わりの鈴木」をかくまっている奴らは、たいてい「よろしくされないよ」と言う。つれない返事だ。終わりの鈴木まで伝言されるのを良く思っていない。ゲームの終了を阻止する輩も出てくる。
そして「始めの鈴木」を知っている奴らは、伝言を持っている中間鈴木に対して「頑張ってね」とエールを送る。トラップ(???)を破壊したり、とにかく中間鈴木の仲間になることが多い。
こうしてみると、皆面白がっているだけの、クラス対抗ゲームのようだ。どうして竹市がそんなに詳しいのかきいてみると、
「ま、俺もやったことあるんだよ。その時はたまたま、終わりの鈴木だったんだけど」
と、またニヤリと笑った。……なんだその意味深な笑い。けれど、竹市のそんな笑いは今に始まった事じゃない。授業はまだ、始まらない。
■ 3 鈴木さんゲーム開始 ■
「とにかく、誰かにヨロシクって言ってみればいいよ」
――そう竹市に言われたものの、いざ言うとなると緊張しちまって、はぁ、どうにもなんねー。
外野で気楽な竹市は、何度も大丈夫だと念をおしてきた。にもかかわらず、休み時間になっても昼休みを超えても誰にもなんにも言えない俺。
同じクラスの他の奴らに言ってみようかとも思ったが、
「タロー…よく考えろよ。中間鈴木を頼む奴のクラスに、終わりの鈴木がいたら本末転倒だろ。ゲームなんだから」
とのこと。
つまり、いくらクラス内で「ヨロシク」と言い回っても意味がないらしい。あげくの果てに、会話はクラス全員に盗み聞きされていたらしく
「鈴木の『鈴木』頑張れよ!」
「応援してるね〜!」
「進展あったら教えろよぉ!」
なーんて口々に言われる始末。
話がどんどん広まって、とてもじゃねーけど言える雰囲気じゃなくなった。
あっという間の放課後。
俺は、学校の三階中央部――玄関の真上に位置する図書室の入口に立っていた。
廊下でヨロシク叫ぶなんて気恥ずかしいし、体育館なんてもってのほかだ。人がほとんど居ない図書室なら、何か言ってもスグ逃げられる。なーんて無い頭で考えた結果だった。
ガラッと戸をスライドさせると、小さな空間には予想通り誰もいない。 壁を二面つかった本棚といくつかの机アンド椅子、それだけの空間だった。久々に来たけど、やっぱ誰もいないんだな。
横を見ると、カウンターに女子が座っていた。こちらに気づいてペコリと頭を動かし、本に向き直る。
黒髪をふたつに結んで眼鏡をかけている。いかにも図書委員といった風だ。律儀につけているネームには『鈴木花子』と書かれている。よし、鈴木だ! 俺は心の中でガッツポーズをした。
カウンター内の荷物からは、青色の体操着がちらりとのぞいている。青は一年生の色だ。後輩か。後輩だったら少しは声かけやすいかな。
俺はゴクリと喉を鳴らして、その子に声をかけた。
「あー…、あのさぁ」
「ハイ。貸出ですか?」
「すっ……、鈴木さんにヨロシク…?」
「………」
「………」
「………、あっ! ハイ。ヨロシクです」
鈴木花子はペコリと頭を下げた。
俺は竹市から聞いた話を思い出す。返事がただのヨロシクだという事は、こいつは無関係な一般鈴木だ。
「お、おう。ヨロシク、な。じゃあそういう事で……」
くるりと一回転して戸口に向き直る。
やった……。
やったぜ俺。
ヨロシクデビュー成功。
さすが。
やればできる男なんだって。
この調子で人がいなさそうな場所でポツンと立ってる誰かにヨロシクと言い続ければー…。
「あのッ! 先輩!!」
鈴木花子が急に話しかけてた。
やっべぇ、俺、何かおかしい事した?!
「あの……、私が何年何組か聞かなくていいんですか?」
「――あ!!」
そういえばそうだった。ヨロシクできた事で安心しきってた。組とか聞かねぇと、終わりの鈴木がいるクラス範囲が分からないんだった。
「あれ? ってか、俺、先輩だって言ったっけ?」
「いいえ……」
「………」
「………」
気まずくなる。そのままお互い固まってしまった。俺ら以外いない図書室で、カチコチと時計の針だけが響いている。
鈴木花子は意を決したように顔をあげた。
「2年B組の鈴木太郎先輩、ですよね」
へっ?!?! 俺、なに、そんなに有名人なのか!? それとももしかしてこの子、俺の事が好きとか?!!
コクコクと頷くと、彼女は更に俺を見つめてきた。
「私……」
「お、おう」
「全校生徒の顔と名前を覚えるのが趣味で……」
「お、おん?」
「変ですよねこんな趣味……すみません」
「いや、別に」
人それぞれなんじゃねーのと言うと、鈴木花子はパッと顔を輝かせた。
「あのっ、先輩。図々しいお願いですけど、私!」
いつの間にか立ち上がっていた鈴木花子が、バッと頭を下げた。
「1年D組鈴木花子です! 鈴木さんゲームの攻略をお手伝いさせてください、よろしくお願いします!!」
「………」
「………」
……アリ、なのか?
協力者ってありなのか?? その辺のルールは全然分からないな。あ、竹市に聞けばいいのか。俺は鈴木花子に断って、滅多に使わないスマフォを鞄から取り出した。竹市にメールすると、すぐに返事が返ってきた。
『アリだよ。てかメール、笑 早くLINE入れろよ』
うるせーよ。
「……鈴木花子、さん? 花子でいい?」
「はい!」
「俺、ゲームのことよくわかんねーから、その。こっちこそヨロシ…」
「ありがとうございます!! さっそく「始めの鈴木」の特定からいきましょう! 本当にありがとうございます、ずっとやってみたかったんです!!!」
花子はそこまで一気に言うと、笑った。意外と可愛い……。
俺は花子と一緒に、昨日「鈴木さんにヨロシク」と言い放った女の特徴をリストアップしていった。そして花子が覚えている全校生徒の顔から絞り込んでいく。相変わらず誰も図書室に来ないまま、十分後。
始めの鈴木は、2年A組・鈴木柚菜だと判明した。